勘違いも捨てたもんじゃない
「好き…」
「え゙っ?!え?」
「え?フッ。ハハ……好き嫌いはありませんか?と聞くつもりでした。貴女はきっと大丈夫だと思っているのですが」
…何をフライングして過剰反応しているんだ、…もう。女将さんの色気と、強い威嚇?に当たって可笑しくなってるんだ。それも確証のない勝手に作り上げた男女の物語にだ。
「あ、ありません。余程癖の強い物で無い限り大丈夫です」
「フ、それは良かった」
艶のある廊下を進んだ。
「ここです、さあ、どうぞ…」
「…はい」
二人で和室に入った。
「正座とかいいですから、楽に座りましょう」
「はい、有難うございます。あの、上着はどうしましょう、着られますか?それとも掛けておきましょうか」
多分、着ていたとしても脱いだだろう。ハンガーが目に入った。
「では、掛けておいて貰えますか?」
「はい。すみません、ずっと忘れて着たままで、有難うございました」
袖を抜いてハンガーに掛け、軽く形を整えた。
今まで少しふわっと軽く、優しく爽やかで…どこか少しスパイシーな香りに包まれ続けていた。安住さんの香りだ。
「煙草、出しておきますか?」
確か上着にしまったはずだから。
…気を利かせ過ぎたかしら。
「いや、有難う。食事をするから止めておこう。有難う」
「私になら気を遣わないで構いませんよ?副流煙とか、気にしませんから。たった一度の事で、大して影響なんて無いはずですから」
「フッ。…君は、本当に…」
「あ、面白い女って言わないでくださいね」
「フッ、ハハハ。いや、充分面白いだろ。ごめん。それに、冷静に突っ込みを入れるなら、面白い女と思われたく無いという事は、私に対して、抱かれる対象で居たいという事になるよ?」
「あ゙、違います違います、え?そんな…、何も、そこまで考えて言った訳では無いですから」
「まあ、何もそんなに慌てなくても。やっぱり面白いな、君は…」
この口が悪い…もうよく解らなくなったから迂闊な反論はしない。相手の術中にはまる、墓穴を掘るだけだもの。
「折角の好意だから煙草は食後にするよ。そのままでいいから。有難う」
「はい、解りました」
ポケットだって煙草だけが入っている訳でも無いだろうから、勝手に触って出さなくて良かったかも。
「…失礼いたします」
「はい」
返事を確認すると障子が開いた。料理が運ばれて来た。言うまでも無い。私が今までに食べた事も無い、綺麗に調理され、上品に盛り付けられた物ばかりが並んだ。こんな料亭の料理。一生の間に多分もう頂く事は無いわね。