勘違いも捨てたもんじゃない
「こうして、たまにご飯を食べて貰えると嬉しいんだが」
「え?」
ゴクン。こうしてといいますと?このような場所でと、いうことでしょうか。
「あ、の」
「一人でご飯を食べているって訳では無いんだけどね。なんて言うか、さほど楽しくもないんだ。会社関係で会食する事も多いし、…野郎ばかりだしね」
…野郎。
「そうなると、私は、性別、女、プラス無条件に面白い女だからですか?」
「ハハハ、そうだなぁ、全くその部分が関係無いとは言わない、ハハハ」
…最早、面白い女はツボでしょうか。
「秘書が一緒に居てくれるんだが、あいつも私とばかり居させては自分の時間が無くて可哀相なんだ。あ、誤解のないように、秘書は男性なんだけどね。それに、…いつも一緒に居過ぎて、男色なんじゃ無いかって噂もあるんだ。勿論つまらん噂、誤解だけどね」
…何とも。つかず離れず美男子が二人で居ると…そんな噂も立つものなのね。武蔵さんも言ってたっけ。
……武蔵さんに時間を作る事が、私が安住さんとご飯をする事だなんて…。それでは、私とはその時間、確実に会えないんですけど…。だけど、社長という存在を気にせず一人になる時間は作ってあげられるんだ。そうしたら、少しは気を張らないで過ごせるのかな。そのうち三人でご飯をなんて事にはならないわよね…。それはどう考えても遠慮したい。三人でなんて…、無いことね。
「難しいかな…難しいか…。どうしても普段なら、今回のように突然になってしまいがちだし。君の休日を拘束する訳にもいかないしね」
え?本当にご飯を供にするだけの友?そんな感じに聞こえる。結局、夜は夜とて、安住さんの予定が終わらなければ武蔵さんも終われない。
んー、ご飯を食べるだけなら何でも無い?……甘い?そのうち、それだけのはずがない…てなる?
立ち上がった安住さんは、上着から煙草を取り出すと、庭側の障子を少し開け、傍に立って火をつけた。食事はもう終わっていた。
吸って煙を吐き出す。…煙草を吸う仕草も…やはり目を引く。何をしても様になる人だ。
あ、…目が合って慌てた。ずっと見てた訳じゃないですからね。
煙草の箱をしまった。
「ふぅ。フ…ご飯は美味しく頂いて貰えたかな?」
「はい、それはもう、とても。どれも美味しかったです。すみません、こう、気の利く、ビシッと決まる言葉が上手く言えなくて。本当に美味しいと、美味しいとしか言えなくて」
説明のつかない変な身振り手振りが加わった。味の表現にもならない。
「…フッ、…ゴホゴホッ。ハハハ、ごめん、…不意を突かれた。…やっぱり面白い。美味しかったのなら良かった。返事は要らない。また今日のように連絡をして、駄目なら来なくていいから、勝手に待ってる。そうするよ。あ、だけど、一つ頼みがある。連絡先を教えて欲しい。じゃないと、毎回会社に電話する事になってしまう。それでいいなら私は構わないが」
狡い…、上手いと思う。教えなければ、会社に何度も電話。毎回毎回、安住ですってちゃんと言うのかな。頻度は解らないけど、その内、誤解はされるだろう。仕事ではない相手から何度も電話がかかってくる事になっては…。電話は大抵新人が取る。例えその度に名前を変えても、声や話し方の特徴は変えられないものね。
「解りました」
おもむろに携帯を取り出し、コールして切った。ブー、ブー、…。瞬時に安住さんの上着で携帯が震えて止まった。
「私のです」
…ん?
「何も見ずにかけたと言う事は、一応、登録はしてくれていたという事か…少なくとも、即、破り捨てられた訳では無かったんだな」
あ゙、…。何と言う凡ミス…。番号をメモして渡せば良かったものを…。無くていい好感を、少し持たれてしまったかしら。まずいわね。…はぁ。…。ええい。
「どなたの名刺も破り捨てたりはしません。失礼な事をされた訳ではありませんから。名刺はお名前が入っているものですから、余程の事が無い限り、破って名前を切り裂くような事はしません」
嘘ではない。
…ほお、なるほどね。