勘違いも捨てたもんじゃない
「…そろそろ帰りましょうか、送ります。部屋を教えて貰う事は可能ですか?それとも、どこか都合の良いところ迄にしましょうか」
こんな時はどうしたらいいのだろう。私は考え過ぎなのかな。言われるまま送ってもらうのが正解?それは好意がある相手にだけとっていい態度のような気がする。部屋を簡単に教えてしまう女。異常に警戒して、駅まででいいと頑なに言う勘違い女。いい人だと解っていても、タクシーで帰れと言って送られるのとは違う。
「あの、この付近に駅があると思います。まだ余裕で電車もある時間ですから帰れます。今日はご馳走になり有難うございました」
「それが、色々考えた結果の、答えの選択肢の一つ?信用はまだないかな」
ゔー。…嫌だ、もう…。きっと考えていた内容も全て解ってるのだろう。
「あ、それとは違います」
「大丈夫だから。じゃあ…自宅の近く迄にしようか」
…近くは近くよね。
「じゃあ、自宅の最寄り駅はどうかな?」
…最寄り駅は最寄り駅。
「んー、じゃあ、私の家に行くか…」
……え?
「え゙ーっ!!」
「ハハハッ、嘘、嘘。うっかり、はい、と返事をしてくれていたら解らなかったけど」
…?!
「えっ!」
「ハハハッ、…面白い。一回、一回、考え込むから、そうなるんだよ。…大丈夫だ、近く迄送るから、いいね?それで」
…もうここら辺りで手を打つしかない。
「はい…」
手前で降りようと通り過ぎてから降りようと、意味は無いと思った。かなり遠くで降りない限り、もう、場所は明白だ。ここでと言い、手前で降りようとして開ける手を止められた。
「ごめん、悪いけど、…あそこがそうだよね?」
「あ…はい」
そうです。
「だったらこんな暗い所で降りない方がいい。
いいね?前迄行くよ?」
「はい…何だか、結局面倒臭いだけの女ですみません」
「…いいや。全然いいと思うよ。自分の身の事だからね。自分で案じないとね。ただ、しようとしてできないところが何とも可愛らしい」
…情けないことを呆れられた上での気遣いの表現だ。
「……では、ご馳走様でした。色々、有難うございました」
「うん」
安住さんはわざわざ降りて来てドアを開けてくれた。普段、開けられる立場の人なのに…。
「またつき合ってくれる事を期待してる…」
あっ、…。両肩を軽く掴まれた。おでこに唇が触れた。あっという間のことだった。これは…、挨拶のようなものなのかしら…。
「フ。悩まないでくれるかな、深い意味は無いから。…浅い意味はある」
「え゙っ?!そんな…」
深かろうと浅かろうと、この意味はある?
「ハハハ、驚き過ぎだ。何それって、複雑に悩ますなって?」
「はい、…からかわないでください…」
おでこに軽くキス…挨拶程度と思っていいの?
「…フッ、まあいい。おやすみ」
「はい…おやすみなさい…ご馳走さまでした」
建物に入る迄、居てくれた。振り向いてみた。
別れ際、手を振られた。少しだけ…遠慮気味に手を振り返した。
これは何?デートなんて言わないでよね。