勘違いも捨てたもんじゃない
「あ、だけど、妻がいないからと言って、好き勝手に何をしてもいいって訳じゃないね。君は?居るのかな、彼、若しくはご主人」
「いいえ、残念ながらどちらも居ません」
「そうか。聞いたらまずかったかな?」
「まずいも何も、もう答えてしまいました。どうって事無いですから気になさらないでください」
別に…居ないからと拗ねて答えた訳では無かった。
「…フ。君は何て言うか…」
「面白い女ですか?」
「そうだ、潔くて面白いな」
「はぁ、いつもそうなんです…」
「ん?」
「男の人と親しくなって、これからつき合っていけるのかなと思ったら、結局、面白い女で終わってしまうんです。…フランク過ぎるんでしょうか。最悪なんですよ……抱けるか抱けないかなら、お前は抱けないよなって。それで終わりです。友人になってしまい過ぎて、そんな気にならないって。…はぁ、結局は色気が無いと言うか、魅力が無いんでしょうね…」
「いや…。そんな事は無いと思うよ。出会った男性が偶々だったんだと思う。いや、裏を返せば、君に勇気を持って踏み込めない理由にそう言ったのかも知れないよ?振られるのが恐くてね。君は魅力的だ。面白い部分も魅力の一つだと思うよ?」
…あ、は、ぁ。…紳士な発言だ。
「また嫌な事を思い出させてしまう事になるが、セクハラされたのだって、ただ若いだけじゃ無かったと思う。君は自覚が無いだけで、その頃だって、同僚にしろ周りの男性は、君に魅力を感じていたはずだよ?」
…こんなこと…。
「何だか、沢山、気を遣わせてしまってすみません、一応、お礼を言っておきます。有難うございます」
「世辞では無い。気など遣ってなんかいない。
本当の事だ」
…こんな風に言われた事なんて無い。
「あ、本当に…有難うございます」
そんな真っ直ぐに言われたら、お世辞でもちょっと嬉しいかもです。
少しずつ飲んでいたミルクティーもそろそろ空になりそうだった。これがタイムリミットみたいなモノかな。
「あの、もうそろそろ仕事に行かないと。貴方もですよね?」
伺いを立ててみた。
「あぁ、うん、…そうだな」
「今日は色々、本当にすみませんでした」
「謝る事では無い。君は君の感じたままに行動しただけなんだから。謝る必要なんか無い」
「でも、朝から嫌な気持ちにさせてしまいました。あんなに沢山人が居る中で腕を掴んだら、男女ですから、人は貴方の事を痴漢だと間違いなく思ったでしょうから。本当にすみませんでした。では」
「あ、君。また会えないかな」
「え?」
「明日も、あの時間の、あの車両に乗る」
「え…あ」
分刻みで電車が多い時間帯…同じ時間で車両に上手く乗れるか自信が無い。
「あの…解りません。お約束は無理かと…。だいたいあの時間、どれかに乗るとしか言えません」
だから言われたようには無理。
「そうか…。そうだよな。運があれば、かな」
「はい。では…失礼します」
「…若。お車、只今修理が終わりましたと連絡が…」
「お、おぅ、武蔵か。いつからここに居たんだ。ん、解った。だがまだ明日一日は電車を使う」
「え?随分と電車がお気に入りのようで。毎朝あんな、人、人、の中に居たら、埋もれて具合が悪くなりそうですが…」
「ああ、気に入ったんだ…」
時計を見ながら、小走りで遠ざかって行く女の背中を、名残惜しげに見送っているようだ。
「…左様でございますか」