勘違いも捨てたもんじゃない
「……びっくりさせなかったかな?…私は正直驚いたんだ。何気なく、ここに来ようという気になってくれたという事は、やはりこの場所は良かった、間違いではなかったのかな」
「はぁ…、何だか、何となく来てみたくなって…」
「ん」
…綺麗な紅葉を見て…落ち着く反面、大袈裟に…悲劇のヒロインぶって気持ちを昂らせていた。
「私の事は忘れようとするのに…」
…それは…。肩に腕を回された。トン、トン、とまるであやすように肩を軽く叩いた。
「…まだそんなに遅い時間でも無いのに、静かですね」
大袈裟では無く、黙っていたら銀杏の葉が落ちる音が聞こえる。
「ああ…きっとみんな、家で夕飯を食べている頃だ。暖かくて…家の中は凄く賑やかだと思うよ」
「そうですね……一家団欒…」
…はぁ。
「ご飯は済んでる?」
首を振った。
「…いいえ。会社から真っ直ぐここに来ましたから、まだです」
「…そうか」
携帯を取り出したようだ。
「俺だ。夕飯は要らないから。ああ、大丈夫だ。…解ってる、ちゃんと食べるから」
…きっと相手は武蔵さんだ。仕まった。
「さあ、行こうか」
「え?」
「ご飯」
「え?あの、…でも」
ご飯には行かない約束だ。私はあなたが今話した相手の人に行くなと言われている。
「今日は断りは無しだよ?もう、私のご飯は要らないと言ってしまった。君がつき合ってくれないと私は夕食抜きになってしまう」
「そんな…でもそれは。…相変わらず策士ですね。断ったとしても別に一人でだって食べられます」
「そうだよ?」
…ドキ。顔を覗き込まれた。これは……だからどうする、って顔ですか…?
立ち上がって椅子を片付けている。私も立ち上がった。
「取り敢えず車に乗るよ?寒いから」
あ、…。私ったら、いつも自分だけ温かくして貰っているから。…上手いな。…寒いからと。……取り敢えずと。さっきの返事は有耶無耶でも乗ってしまう。寒いと言えばそこに気を遣う…。
「ごめんなさい、私が着てるから」
「だったら…乗ってくれるかな?」
はぁ…一歩も二歩も先を行ってる。…敵わない。上着を返し一人で乗ってもらえば済むこと。…だけど。
「送るよ」
結構ですと言えばまた次の…送ることに対して従ってしまう言葉が用意されている、多分。
「…はい」
「え?…ここは…」
驚いてはいない…見覚えのあるマンション…と、タワーマンション。
前が普通の?といっても見るからに高級なマンションで、後ろにはタワーマンション。前は武蔵さんの住んでいるマンションだ。では…やはり同じマンション。それとも、後ろのタワーマンションが、安住さんの…。
「あの、送るって言ったから…」
…乗ったのです。
「ああ、ご飯が済んだら送るって意味でね」
…話は一連だって。…。
「ん?怒ったかな?拗ねたかな?」
拗ねてる?…返事ができないほど流されたままの自分が情けないと思っていた。…解っていたことではあるから。送ると言われて乗った車から見えた景色は、うちに近付くどころか違う景色だったから。その段階で違うと言って停めようとか降りようとかしていない…。誤魔化すように動揺しているかのように見せても私は納得ずくで来ていたことになる。
地下の駐車場に入った。降りてそのままエレベーターに乗った。…最上階で止まった。だと思った。
降りたフロアは全て安住さんのエリアらしい。カードキーを通して開け、部屋に通された。…。
ネクタイを解き、ワイシャツの袖を捲っている。
「座っててくれる?今から作るから」
「え?」