勘違いも捨てたもんじゃない
「安住さんがですか?」
「んー?そうだよ?不思議かな?」
フライパンと深鍋を取り出していた。不思議というか…。上膳据膳の人かなと。
「生まれてこの方ずっと独身。…ちょっとしたものは作れるんだよ。…パスタは…」
どうやらパスタを作るようだ。座っていてと言われても何だか身の置き所が無い。部屋の広さや格調高い調度品、…一人でポツンとソファーになんて落ち着かない。…あのカーテンの向こう側は全面開かないガラス張りの窓だ…。
「あの、私も手伝います」
「ん、じゃあ、アサリを出すから、塩水につけてあるからこれにあけて?」
細かいメッシュのボールを渡された。
安住さんはたっぷりのお水を鍋に入れ火にかけた。
「パセリは刻んでくれるかな?」
冷蔵庫からアサリとパセリを出して渡された。
あと、にんにく、鷹の爪も。
「白ワインはこれで、と」
お湯が沸いてパスタが茹で上がるのに時間がかかるようなものだ。後はアサリをフライパンで開くまで加熱して置けば、パパッと作るだけ。
パスタが茹で上がりそうなのでフライパンにオリーブオイルとニンニクのスライスを入れ火にかけた。あー、…ニンニクの香りがたってきた。鷹の爪は好みだから少しにしておこう。アサリを炒め白ワインを入れ蓋をする。開いたところで取り出しておいた。
パスタが茹で上がったようだ。硬さのチェックをしている。
「入れるよ?いいかな」
湯切りしたパスタを安住さんが入れた。
フライパンを揺すろうとした…う、重い。二人分は割と重いんだ。後ろから手が出て来た。
「貸して、私が代わろう」
「あ、はい、有難うございます。すみません、お願いします」
安住さんがフライパンをあおりながらパスタを絡めていく。コショウと少し茹で汁を加えた。
「はい、味見…あ〜んして?塩加減はどうかな?」
一本摘み上げられたパスタの、輪になった部分を口に近づけられた。内心戸惑いつつも、ツルンと吸い込んだ。
「どう、大丈夫そう?」
「…はい、…美味しいです。硬さもいいかと」
「よし、ではアサリを入れてくれ」
火を止めてアサリを入れパセリを入れた。
「完成だな」
「はい」
ぶつかる事も無く、スムーズに事は進んだ。
「温かいうちがより美味しい。片付けは後。先に食べよう」
「はい」
テーブルに並べ席についた。
「では、頂きます」
「ん、頂きます」
「…美味しい。美味しくできましたね」
「ああ」
「アサリって旨味が凄い…」
「ああ、そうだな」
あ、…。また、調子に乗って…。すぐこれだ。親しい友人のように接してしまう。…馴れ馴れしいのは駄目だ。
やはり来てはいけなかった。
「少しは元気になったかな」
「え?…あ、…」
「何があったか知らないが、腹が減っては戦はできぬだ。食べるということ、疎かにしてはいけない。お腹が満たされると不思議とネガティブ思考から解放される、冷静に考えられるものだ」
…。
「…無防備に放心していた…涙ぐんでいた。確かに紅葉も月も感動するほど綺麗だったが。それはそれ。君が泣くなんて、余程の事なんだろ?」