勘違いも捨てたもんじゃない

「武蔵ー、武蔵、居るか?」

「はい、若」

「明日も車、まだだったよな」

「いえ、予定ではまだでしたが、急いでくれたようで、明朝には仕上がるかと」

…なんだ、余計な気を回して。急かさせたんだろ。

「明日も今日と同じ時間に電車に乗る」

「はぁ?…もう…一人で勝手に行動されては困ります。何かあっては…」

「だから、俺とはパッと見、解らないように髪染めただろ」

…そんな子供だまし。色が違うくらいで…解る人には解る。いい歳して、どうして今更そんなに電車に乗りたくなったのやら…。乗り鉄ですか?いやいや、そんな…俄マニアなんてならないだろう。一回だけの事かと思ったら…。また明日も。だとしたら今日、興味をそそる何かに出くわしたのか。そうに違いない。

「絶対、遅れないように起こしてくれ、解ったか」

…はい、はい。

「解りました。…なあ浩雅、明日もなんて何かあったんだろ?」

「別に」

…俺には教えないって事か…。まあいい。

「では、その為にもお早めにお休みください。
寝不足で機嫌の悪い若を起こすのは命懸けですから。くれぐれも不意をつかれたなんて勘違いせず、素直に起きてくださいね。お願いしますよ」

「解ってる、絶対、起こせよ。遅れたなんて有り得ないからな?」

「はい…畏まりました。ではおやすみなさいませ」

「ああ、おやすみ」

早く寝ろって言われても、俺にも眠くなる時間ってのがあるんだ。波がこなけりゃそれまではベッドに入ったところで…。

………ん゙、はぁ、やっぱり眠れない…。興奮しているのか…。
俺は子供か…。


そして、今朝、痴漢に勘違いされる羽目になった訳だが。運よく、何とか機嫌良く起きて、朝食もそこそこに電車に乗った。混雑しているというのに、前の車両から人の迷惑も考えず移動した。
キョロキョロと見回して見た。
見落とすなよ、確か、この車両で間違いない。
居るかな。もっと後ろの車両に居るかも知れない。
あ、…居た。居たけどドア付近に居る。
…移動するぞ。近くに居ないと意味が無いからな。
昨日のオヤジは…居ないか。時間ずらしたか。
それとももっと後ろの車両か。まあ、居ないならいい、良かった。
何とか後ろまで辿り着いた。よし、これで鉄壁のガードだろ。両手で吊り革を掴んだ。
混んでるはずなのに俺の周りは微妙に空間がある。…険しい顔してたからだなきっと。それにこの髪だし。あのオヤジィとか考えてたし。いや、俺、恐い系の人じゃ無いし。


「次は○○~、○○です…」

おわっとー、急に降りる客が押し寄せて来て…馬鹿、うわっ、とと、動けないだろうが。凄い圧だな…。

……へ?手が……、吊り革から放してしまった手が…女性の尻に…まずい。やばいぞ、これはやばい。
あのオヤジにでも見られたら、口吊り上げて笑うだろうな…。なんだあんたも同じ穴の狢だなって。

「○○~、○○~…」

……ん、あ?
腕、掴まれた。
一緒に降りてる。

これって、俺…痴漢か?
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