勘違いも捨てたもんじゃない

「どこの誰だか解らないうちは普通に接しているのに、肩書が解った途端、態度を変える人が多いからね」

…、あ。…。

「君は、…まあ、私の君に対する攻めがあるから困惑はあるだろうけれど、普通に接してくれている、名刺を渡した後もね」

んんー、それは何とも…性格の問題。肩書そのものより、武蔵さんとの関係性が…。そっちの方が。

「それに、安易に名刺を破らないと言った理由も、渡した人間からしたら嬉しい言葉だった。
例え営業で渡したとしても、必要なくて破り捨てられていると思うと、気分は良くないものだからね。ま、セールス関係だと大抵の名刺は、即、シュレッダー、ごみ箱に捨てられてもしようがないけどね」

あぁ、名前を切り刻むから破らないって、言ったのは言った。

「…私は、褒められた人間では無いんです。思慮が足りない未熟な人間なんです」

…本当…まだまだ人として足りない物が多い。単純で調子に乗りやすい。

「それが涙の原因?」

「あ…はい。自分の浅はかさから人を更に傷つけてしまいました。とてもいい人なのに」

「んー、事情は良く解らないけど。悔やんでも、してしまった事?言ってしまった事を無かった事にはできないよね。…伝わり方の問題か…。
でも、その言われた人にだって、君の本質は解っているんじゃないのかな?君を擁護する訳では無いが、どんな人間でも、うっかりする事もある。言葉も、気持ちが上手く伝わらない事もある。人と接していればそんなつもりじゃ無かったなんて事はよくある事だ。良く見せようとしている人間がうっかり言う言葉と、元々いい人がうっかり言ってしまった言葉の違いはきっと解るはずだ。大人ならね、見分けはつくはずだよ」

はぁ…。やっぱり駄目だ。私…。こんな風に言ってもらうと、余計落ち込む…。

「送って行こう、約束だ」

「いえ、大丈夫です、自分で帰れますから」

「送るというのが約束で連れて来たんだ。だから送る」

いつも…譲らないのよね…。

「それとも、この後、武蔵のところにでも行くのかな?」

「え…」

そんなつもりはなかった。

「とにかく。行こうが行くまいが知らないが、送らせてもらう。行動はその後からにしてくれないかな」


結局、送られてしまった。

「さあ、部屋に入ってくれ、何かあってはいけない、見てるから」

…。

「有難うございました。後片付けもせずにすみませんでした」

「いや、大丈夫だから。…何一つしない、できない人間ではないと少しは解ってもらえたかな」

「…あ、そんな風には…」

思ってはいなかったけど。

「あの…おやすみなさい」

「…おやすみ」


…んー、元気が戻る事は無かったな…。今まで人を傷つけたと思った経験はなかったのか。余程強いダメージを受けたんだな。具体的には聞かないつもりだったが、だからこちらから話す事も具体的にはできなかった。あまり力になれなかったか…。
…ふぅ。今夜あそこで会えるなんて、思いもよらなかった。
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