勘違いも捨てたもんじゃない
【さっきまで、社長さんのマンションに居ました。偶然会って、部屋で夕飯をごちそうになりました】
こんな事、武蔵さんに報告している事が嫌…。
私が落ち込んでいたから…そんなときに会ったから。…それは言い訳…。行かないという約束だったのに。
安住さんは優しい…。優しかった。だから…もっと落ち込む。あ゙あ゙あ゙ー。…嫌。私…駄目だ…。
真希…はぁ…。まあ、そんな事だよな。浩雅が夕飯は要らないって言って来たんだから。あいつは一人では外で食べない。はぁ、だけど部屋…もう、あ゙ー、…あ゙ー。…。
【その頃、俺も家でご飯食べてたな。浩雅が要らないって言うから、一人飯だ。何を作って貰ったんだ?】
【ボンゴレとトマトサラダ、モンブランもありました】
はぁ。…何なんだ、浩雅。本当に夕飯だけして帰してるって事か。
【もう帰ってるのか?】
疑って聞いた訳じゃない。だけど念押しのようになった。嫌な気にさせたか。
【はい、帰ってます】
【そうか。美味くできてたか?】
【はい、段取りも良くてびっくりしました】
【そうか】
何を…、俺は、表面を繕った平和な会話をしてるんだか。それもメールでなんて。行くなと言っていただろと、言えばいいじゃないか。真希も忘れているのか?行ってしまうように…アイツが上手く、言葉巧みに誘ったとは思うけど。
…。
私、社長さんとの事ばかりを話したい訳じゃ無い。武蔵さんに会いたいのに。
…。
【行くなと言ったはずだけど】
【凄く会いたいです】
あ、…。
あ、…。
【行くから居ろ】
【ごめんなさい。行ってもいいですか?】
…あぁ、…もう。何でこう同時に行き違う。
RRRR…。
「あっ、真希、俺が行くから部屋に居ろ」
「私、もう、とっくに出てます」
あ、もう…。……苛立ってどうする。今俺達は同じ気持ちじゃないか。
「俺もすぐ車で出るから、大通りを歩いててくれ、解ったな?あー、気をつけろよ?」
「はい」
武蔵さん…会える。早く会いたい。可能な限り走った。息が直ぐ苦しくなったけど、走っては歩き、また走るを繰り返した。少しでも早く会いたかった。
はぁ…あ、あれ、武蔵さんかな。
道は凄く渋滞している。交差点から赤信号で長い列ができていた。一度信号が変わったくらいでは進み切らないだろう。
急いで駆け寄って助手席の窓ガラスをノックした。スーッと窓が下がった。
「むさ、…え?…あっ」
…違う。
「嬉しいなぁ…。さっき別れたばっかりなのに、追いかけて来てくれたんだ。
だけど、残念。窓が開いてびっくりといったところだな。思いもよらぬ顔があった。希望と違ったみたいだね。生憎と…武蔵では無くて申し訳ない」
どうして安住さん?
開けられた助手席側から見えた顔は武蔵さんではなかった。
「…安住さん」
「信号が変わる。とにかく乗って、さあ」
あ、でも。乗るなんて…。どこかに武蔵さんが来てるからそんな訳にはいかない。ドアを中から開けられた。
「後ろに迷惑だから、さあ、早く」
急かされ、迷惑だからと聞いて…乗り込んでドアを閉めた。
「シートベルト、して?」
「でも、私…」
「とにかくして?動くから」
…よく考えたら、自分と同じ方向に車が行ってるはずなかったんだ。向かってくる方、反対車線側を歩いていたら良かったんだ。…焦って気が回ってなかった。
でも…、じゃあ、車は?安住さんが使ってるって事は、これじゃない違う車で来てるの?
シートベルトをし終わる前に信号はもう変わっていた。