浅き夢見じ 酔ひもせず
「これは……」

 呼び出された本堂で、実平(さねひら)は眉を顰めた。
 目の前には首が半ばまで抉れた死体が転がっている。
 腕も片方なく、肩から胸にかけて、ざっくりと三本の傷跡によって切り裂かれている。

「熊……とも思えませぬなぁ」

「熊であれば、わざわざお主を呼ぶまでもない」

 死体を挟んで立つ僧都が、苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 この山の奥深くには、修験者が多い。
 その多くはこの寺に属していて、寺から呼び出しがあれば、各々寺に現れる。

 実平は手にした棒で、とん、と肩を叩いた。
 杖にしては細く短い。
 格好も、修験者というよりは単なる寺男のようだ。

「何ぞ妖しの類が出ましたか。そういえば、昨日(さくじつ)空気が揺れましたな」

 実平が言うと、僧都は小さく頷き、本堂の奥へと歩いて行く。
 細い廊下をついて行くと、先のほうに、赤い格子戸が見えて来た。

「邪鬼が逃げましたか」

 言いながらも、実平は少し首を傾げた。
 邪鬼退治なら、他の修験者でもいいはず。
 わざわざ実平を指名したからには、何か理由があるはずだ。

 格子戸を潜ってさらに行くと、細く蝋燭の灯が見え、小さな祠が姿を現した。
 そこに祀られていた赤い瓢箪が転がり、蓋が開いている。

 実平は瓢箪を手に取り、まじまじと眺めて見た。
 当然中を覗いてみても何もない。
 軽い、ただの瓢箪だ。

「封じの呪はきつそうですが、これといったものも感じませぬなぁ」

 ますますわからない。

「見つからないから……ですか?」

 実平が言うと、僧都は一拍置いてから、小さく頷いた。

「まぁ……そういうことじゃな。先の死体を見たじゃろう。おそらくあれは、この邪鬼に殺られたんじゃ」

「そんな強力な邪鬼とも思えませぬが」

「あのままならな。何か……力を得たのであろう」

 どこか言いにくそうな説明に、実平は先までの疑問が少しだけ晴れた気がした。

「では鬼を見つけ次第、始末しますよ」
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