浅き夢見じ 酔ひもせず
 とはいえ、ここは里ではない。
 一般の人間など入り込めない山奥だ。

 修験者は方々に散らばっているし、手掛かりである妖気を探るために、一人一人当たるなど無理である。
 それに何によって力を得たのかもわからない。

---あの傷からすると、やはり熊辺りか?---

 しかし邪鬼が熊に乗り移るなどあるだろうか。
 野にいる動物は、元々邪気などないため、そういうものを寄せ付けない。
 町にいる人に近いものは、そういうこともあるのだが。

---やっぱり人ってのが一番しっくりくるがな---

 怪しいのは寺の者だ。
 修験者は大抵魔に対する力は強いものだ。
 寺の者もそういった力は常人よりはあるが、入りたての者などは俗世の人間と変わらない。

---小男とかを当たるかな---

 講堂のほうへと向かった実平は、ふと木陰にいる女童(めのわらわ)に目を止めた。

「あげは」

 名を呼ぶと、女童は、ぱっと顔を上げ、ててて、と駆け寄って来た。

「何か獲物でもいたのか?」

「逃げられた」

 女童といっても十は過ぎている。
 本来山寺に女子は入れないのだが、この『あげは』は特別だ。
 何といっても物の怪なのだから。

 厳密には物の怪憑き、と言うべきか。
 とにかく身体能力がずば抜けて良いので、天狗や狐憑きと言われて捨てられたという。
 それをここの僧都が哀れに思って引き取ってきた。

 確かに普通と違い、野生の獣のようだ。
 が、修験者である実平からすると、物の怪とも思えない、優れた修験者、という感じだ。

 女子と思うからおかしく思えるだけである。
 もっとも物の怪だと思われていたほうが、男ばかりの山寺では安全だろう。
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