浅き夢見じ 酔ひもせず
 ふと、実平は違和感を感じた。
 微かに血の臭いがしたような。

「あげは。どこか怪我をしたのか?」

 横のあげはに聞いてみるが、あげははふるふると首を振る。
 見たところ、確かにどこにも怪我はない。

---ああ、女子だしな---

 思い直し、実平は苦笑いした。

「実平。あの、僧都様は」

 ややあってから、あげはがぽつりと呟くように言った。

「本堂にいるのではないか?」

「そう……なんだろうけど」

 どこか歯切れ悪く言うあげはを訝しげに見た実平は、ある一点に目を止めた。
 あげはの爪が、やけに長い。

「……僧都殿に用事があるなら、本堂に行こう」

 言い様、実平はあげはの腕を取った。
 びく、とあげはが顔を上げる。

「別に今まで遠慮せずに入っていたではないか」

 本堂は本尊などのほかに、身分の高い僧侶もいる。
 自然そこの空気は邪気を祓うようになる。
 実平に引っ張られていたあげはの顔が、本堂に近付くにつれて引き攣った。

「は、放して!」

 本堂前で、あげはが実平の手を振り払った。
 静かに、実平はあげはを見つめる。
 ちりちりとした妖気が、あげはを包み始めた。

「やはりお前か。信じられんが」

 自身を包む妖気に触発されてか、あげはから邪気が放たれる。
 だがあげは本人は、それを拒むように身体を丸めた。
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