浅き夢見じ 酔ひもせず
「そ、僧都様!」

 助けを求めるように、あげはが叫ぶ。
 牙が生え、爪が伸びる。

 実平はようやく、何故僧都は己を呼び出したのかを悟った。
 いつも持っている棒を構える。
 ぶん、と一振りすると、棒の先に緩く弧を描いた刃が現れた。
 柄の長い鎌だ。

 実平は必要とあらば殺生を厭わない。
 例えそれが女子供であってもだ。

「あげは!」

 先の叫びを聞き付けてか、僧都が本堂から駆け出してきた。
 僧都を目にした途端、すぅっとあげはを包んでいた妖気が弱まっていく。

「僧都様。あげははもう駄目です」

 僧都の胸に飛び込んで泣きじゃくるあげはは、元の単なる女子のようだ。
 僧都は優しくあげはを撫でながら、悲しそうに頷いた。

「うむ。邪鬼を取り込んだのなら、もう限界じゃろう」

 僧都の言葉に、実平は片眉を上げた。
 実平を召したときの僧都の歯切れの悪さは、犯人を知っていたからか。

「僧都は初めから、私にあげはを殺させるつもりだったのですか」

「お主であれば、いらぬ苦痛も与えぬであろう。躊躇いがないからな」

 だが、と僧都は、腕の中のあげはに目を落とした。
 泣きじゃくっていたあげはは、覚悟を決めたように、今は落ち着いている。

「自分で始末をつけます」

 青ざめた顔で、きっぱりと言う。
 うむ、と再度頷き、僧都はあげはを促した。

「お待ちください! そうはいっても邪鬼に操られて、僧都にまで手をかけるやもしれませぬ! 僧都が殺られ、さらに鬼が覚醒したらどうするのです!」

 怒鳴るように言う実平に、僧都は静かに首を振った。

「その心配はない」

 それだけ言って、あげはと共に本堂の奥へと入っていく。
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