夕星の下、僕らは嘘をつく
道沿いにずっと植えられている桜の木が寒々しさを演出していた。

この通りは春になると桜がほんとうにきれいで、叔母とよく散歩したことを思い出す。
特に夕暮れが好きだった。河川敷から花見客が消えて、住人たちの散歩に切りかわる頃。
みんながのんびりしていて、桜が夕日に照らされて、ノスタルジックな雰囲気になる。

当時はノスタルジックなんて単語知らなかったけど。
 

せっかくだから河川敷を歩こうか、と階段を探した。
すぐに丸太で作られた階段を見つけて、ゆっくりと降りる。
 

雪が積もった加茂川は、きれいだった。
きれい、という他にことばを知らないのがもどかしい。

すでに幾人かの人が通った後があるけれど、まだ誰も通ってない場所も残っている。
猫か犬の足跡もある。
 

いいな、と素直に感じた。
吹き抜けてゆく風は冷たくて身体が冷えるけれど、それすらも冬の醍醐味という感じがして気持ちよく思えてくる。
寒いんだけれど身体がリセットされるような、清々しいような心地。
あの京都駅の人混みからは考えられないような静謐。
 

深呼吸、ひとつ。鼻が、喉の奥が、肺がきれいになってゆく気分だ。
 

まだ地面はさほどぬかるんでいない。
雪の部分を踏みしめながら進む。脚を下ろすたびに、軋むような潰れるような音が足の裏から伝わってきて楽しかった。
 

ずっと足下ばかり見ていた。
やがてすこし進むと前方に誰かいることに気がついた。
対岸は犬の散歩をしている人がいくらかいたものの、こちら側では初めての私以外の人だ。
 

目を合わさないようにしよう。
そう思った矢先、その人物が誰なのかに気づく。
まさかと思ったけれど、間違いない。

昨日京都駅でぶつかって二度も会った、一ノ瀬くんだ。
 

あまりのこと、というか、昨日の彼のことば通りのことが起こって一瞬目の前が揺れた。
こんなことってある? と小一時間誰かを問いつめたい。そんな相手いないけれど。
 

歩くスピードを落として、とりあえずどうすべきかを急いで考える。
ここから彼のところまでに河川敷から出る階段はない。
引き返すのが最も妥当だろうか。それとも気づかないふりをして通り過ぎようか。
 

そこまで考えて、彼がなにやら話していることに気がついた。
しかし問題なのは、彼以外そこに誰もいないということだ。
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