夕星の下、僕らは嘘をつく
「どうして、そういうことになったの」
 
そういやこちら側を歩くひとはいない。雪のおかげなのだろうか。
こちらより広い対岸は、やっぱり時折ひとが通っていた。
今もふらふらと自転車が走っていて、雪の中ご苦労さまと思うしかない。
 
続く私の質問も、彼は嫌な顔ひとつせず、ああ、と頷いた。
「俺が死んで幽霊になって、湊の身体に取り憑いたらしい、たぶん」
「なんでそこがあやふやなの」
 
というか取り憑いたってなんか物騒な話じゃないか。
テレビとか学校とかで聞きかじった情報しか持ってないけれど、それっていい状態じゃなさそうなんだけど。


「困ったことにあやふやなんだ」
それが困ったように見えないことが、問題のような気もする。
「でも、湊に助けられたのだけは覚えてる。この身体も、別に乗っ取ったわけじゃない」
 
弁明されたけれど、正直取り憑くと乗っ取るの違いもさほどわからない。
とりあえずわかったのは、このひとのことを普通というスケールの枠で測ったらいけないのかもしれないということだ。

いやもう、なにをもって普通と定義づけたらいいのかわからなくなってきたけれど、とりあえず自分は幽霊で他人の身体に取り憑いている、なんて言い出す人間、普通じゃないだろう。
人間なのか幽霊なのかもわかんないけど。
いや名乗ってた名前は人間ぽかったから、元人間……もうそこはどうでもいい、めんどくさい。

「嘘だと思ってる?」
「嘘ついてるなら軽蔑する」
 
急な問いに思わず本音が出てしまって口を結ぶ。
結んだところでどうにもならないんだけど、あまりにもことばが過ぎただろう。

「軽蔑とはなかなかだね」
それでも彼は表情を崩さない。
穏やかに笑ってから、そうだなあとポケットの中の手を出した。
そこには飴玉がひとつ、乗せられている。そしてそれを私に差し出した。

「……飴が、なに」
まったく意図がわからない。

「買収?」
「やっす! それにそれを言うなら賄賂じゃない」
「いやあ、賄賂もなにか違うんじゃないかな」

どっちでもいい。至極どうでもいい。
なんの会話だよ、とため息をつくと今度は大きく彼が笑った。

「君は、湊のことを知ってるんだよね」
今更隠すことでもないので、そこは頷いておく。
「湊って、甘いもの好きだった?」
妙な質問だなと思ったものの、中身が別人設定だからかと気づく。

そして必死に思い出す。しかし半年にも満たない接点しかない。
かろうじて、給食のプリンを誰かにあげていたような記憶がある程度だ。
 
それを素直に伝えると、彼はふうんと頷いた。
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