夕星の下、僕らは嘘をつく
「俺はさ、甘いもの好きなんだけど、湊の身体はそれを受け入れてくれないんだよね」
「受け入れない?」
「そう、たとえば記憶の飴玉はとてもおいしいのに、今食べると甘すぎて吐き出してしまう」
「へえ……ってだからそれが嘘をついていない証明にはならないでしょ。今の話をまとめると」
「そうなんだよねえ」
 
そうなんだよねえって。とことんマイペースなのかなんなのか。
話の密度と彼の態度がまったくあっていない。


「でもさ、そういうことだと思うんだよね」
急に彼の声のトーンが落ちた。
「俺は湊じゃなくて浪です、っていくら言ったところで、証明することは難しい。そこはもう、信じてもらうしかないというか」
「ほぼ初対面の相手にそれを言うか」
「うん、どうしてか君には伝えてみようと思った。今まで誰にも話せなかったけど。というと語弊があるかな。生きてる人間には誰にも話せなかった」
 

言われて彼がなにもない空間と話していたことを思い出す。
彼曰く、幽霊だったそうだから、生きてない人間ということか。


「生きてない人間には、話してたんだ」
私のこの問いには、にっこり笑うだけだった。
 

信じて欲しいと言われたところで、私にはこのひとを信用するだけのなにかを持っていない。
記憶にある一ノ瀬くんはとてもやさしく正直で、信用足る人間だったと思うけれど、その一ノ瀬くんじゃありませんと言われたら、側だけを信じるわけにもいかない。
 

でも、こういうことを正直に話したところで信用してもらえないだろう、という気持ちは私にもあったはずだ。
そういう点では同情する。

わからないのはどうして私なんかにそれを告白したかという点だ。
もっと親しい相手に言ったほうが。
 

そこまで考えて、それは違うだろうなと気づく。
信頼している相手に告白して、裏切られたほうがダメージは大きい。
きっと信じてもらえると思って勇気を振り絞って、馬鹿にされたら泣きたいじゃすまないだろう。

だからこそ、ほとんど知らない私に言ってしまったのかもしれない。


「で、君は? 葛西晴さん」
いきなり名前を呼ばれて、意識が目の前に戻った。

数拍、問いの意味がわからず頭の中で会話が戻される。
ようやく私も彼と同じような秘密があるのではと疑われていたことを思い出す。
もしかしたらそれも、彼が告白に至ったポイントなのかもしれない。
< 21 / 36 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop