夕星の下、僕らは嘘をつく
ため息がでた。白い息が自分の前で霧散する。

そういえば、声の色もこんな感じだなと思い出す。
彼に色がないから、すっかり忘れていた。
忘れていた、というより無意識だった、というほうが近いかもしれない。

それに、久しぶりに他人とこれだけ喋った。


「あと、最初はよそよそしかったのに、すっかり本音を見せてくれてるみたいで、うれしいよ」
うれしいよ、という台詞と軟派な笑顔はよけいだけど、確かにそうだった。
本音を見せるというか、あまりの展開に思わず本音が出た、のほうが正しいのだけれど。

まあ訂正するのもめんどくさそうだから、勝手に思っておけばいい。


「それで」
もう一度ため息をついてから、私はことばを探す。
「いったい、どういう話がこの先展開するわけ」
 
だからなに、と言いそうになってさすがにそれは飲み込んだ。
言ってしまってもよいような気もしたけれど、ややこしそうだから、スムーズに会話を終わらせたかった。
 

展開か、と彼は考え込むようにすこしだけ首をひねった。
今日は晴れるらしく、太陽の光が彼を照らしている。背景の雪が眩しかった。


「単刀直入に言うけれど」
「ぜひ、単刀直入に」
「俺に協力してくれないかな」
協力、と彼は口にした。協力。なにを。

「この身体から離れる方法を、一緒に探して欲しい」
 
その瞬間、冷えていたはずの身体が一気に熱を増した。


「離れる、っていうのは」
脈拍が速くなるのを落ち着けようと、努めて冷静な声を出す、つもりだけど口のなかが乾いてきてしまった。

「ありていに言えば成仏、ってことかな」

しかし成仏ということばに、私の熱はさっと引いた。
まだ信じ切ったわけではなかったけれど、彼がすでに死人であることを思い出す。


「……好きで、一ノ瀬くんの身体に取り憑いてるんじゃ」
それがいいのか悪いのかはまた別の話として、彼の立場がよくわらなくなった。

「きっと、そうだったんだと思う。だけどいつまでもこのままでもいられない。湊に身体を返さなきゃいけないってずっと考えてた」
「なぜ今までしなかったの」
すぐさま私が聞くと、彼は口角を下げた。
その顔から笑みが消える。


「わからないんだ。どうしたらいいのか。いや、どうして死んだはずの自分が今ここにいるのか」
 
あの、透明な瞳だった。
それが私ではなく私のはるか後ろを見つめているような錯覚に陥る。
なのに私はやはり、身体が硬直し震えそうになる。
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