夕星の下、僕らは嘘をつく

「おーい、湊！」
このもやもやとした落ち着かないものはなんだろう、と考え出したところで遠くから声がした。
その方向に目をやると、昨日の金髪少年だった。


「残念、時間切れ」
こんな朝から約束をしていたのか、彼は金髪少年に手を振ってから肩をすくめた。

「まあすぐに答えを出さなくていいよ。でも、できれば手伝って欲しい。それは本音だ」
彼はそう言ってポケットからもうひとつ飴玉を取り出した。
そしてその包みを開いて、中身を口に放り込む。

甘いものは嫌いじゃなかったのだろうか。
どうするのだろうと思っていたら、今度はポケットからペンが出てきた。


「とりあえずメールアドレス。気が変わったら、連絡して」
小さな面積に、彼は器用にペンを走らせる。
ペンは持っているのに書けるものは持ち歩いていないってちょっと謎だ。


「……飴、おいしいの？」
差し出されたそれは素直に受け取っておいた。
「おいしくない」
　
その割にはにっこり笑って、彼はじゃあと私ではなく金髪少年のいるほうに身体を向ける。
近くに階段はないけれど、と思ったら土手をそのまま上がっていった。
雪が積もっているのに、なかなか頑張る。


「知り合いか、湊」
金髪少年の声はこの寒空によく響いた。
ここにまだいるのに遠慮がない。

「いや、ナンパしたところ」
「えー、お前が？　お前ほんと変わったなあ」
　
そんな会話を繰り広げながらふたりは去っていった。
いつまでも見送る必要はないのに、なぜかふたりの背中をずっと見ていた。
そして途中彼が、ハンカチにこっそり飴を出したのが見えた。
　

もらった飴玉の包み紙を握る。
すぐに答えを出さなくていい、と言っていたけれど、私が京都にいるのは冬休みの間だけだ。
しかし手伝うなんてなにをさせる気なんだろう。
　

彼との会話を思い出そうとして、くしゃみが出た。
さすがにずっと河川敷にいたので寒い。というかそれ以前におつかいを頼まれていたんだった。
　

急いですませて、家で温まろう。
雪道の上を彼らが行ったのとは逆に進む。
両手をコートのポケットにつっこむ。飴の包み紙は握ったまま。
　

彼に連絡するだろうか。
わからない。

わからないけれど、頭のなかで人見浪という名前が、ずっと小さくリフレインしていた。