夕星の下、僕らは嘘をつく
あれぐらい平気だって、と彼は笑いながら、壁に背を向けて立った。
必然的に、向き合う形になってしまう。斜め前だけど。

少年は私の顔を見て、何故かすこし俯いた。
目をつぶっている、ようにも見える。
そんなに見たくない顔だったろうか、申し訳ない。

でもすぐに、何事もなかったように顔を上げた。
心なしか、口元が綻んでいるような気もしなくもない。
と思ったけれど、彼はさっきからずっと笑っている。愛想のいい人か、八方美人な人か。
 

少年は、きれいな眉をしていた。
同い年かすこし上ぐらいだろうか。
背は高いけれど、全体的に細い。体育会系というより、文化部に所属してそうな感じ。
 

束の間じっと見ていたせいか、またしても少年に微笑まれる。
その表情が、どこかで見たような気がするけれど、思い出せないし、京都に叔母以外の知り合いはいない、たぶん。

「待ち合わせ?」
そう問う瞳が、とても……とても透明で、指先が微かに震えた。
「……です」
 
なんとかそれだけ答えて、私も壁を背に立つ。
少年の左隣になるけれど、ここで立ち去るのも失礼な気がした。
しかし横に立ったところで、気まずいのは気まずい。
 

でも、距離をとって落ち着いたところで改めて気づく。
 

やっぱり、この少年の声に色がない。
 

しばし視線がさまよってしまった。
目の前を通り過ぎてゆく人が次々と目に入る。
誰かと会話をしながら進む人の声には確かに色が見えた。
紫色、茶色、桃色……極彩色、とまではいかないけれど、様々な色が声についているのを見るだけで、吐き気を覚えてしまう。
 

顔を下げてマフラーで口元まで覆っておく。
自分の声に、色は見えないのに。
 

隣の少年は、スマートフォンを取り出して操作していた。表情まではわからない。
特に私と会話したいわけじゃないだろう。
私だって交流を深めたいわけじゃない。

そもそも私は他人と会話することが嫌になって、引きこもったのだ。
いくら相手の声に色がないからといって、平気になるわけがない。
 

声に色がない。そのことは、ちょっと気になるけれど。
かといって私がどうにかできる問題かと言われれば、答えはノーだ。
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