夕星の下、僕らは嘘をつく
早く叔母が来ないだろうか。
こんなことなら、京都駅からの行き方も聞いておくんだった。

自分のため息がマフラーの中にこもって、口元がぬくくなる。
対して裸の指先はどんどん冷えて痛くなってきた。
コートのポケットに入れてしのいでいたものの、さっきから携帯が震えっぱなしで嫌になってしまった。
叔母ならきっと電話だから、この震え方は莉亜のメッセージだろう。うざい。
 

電話が来たふりでもして、この場所を去ろうかな。
そう考えていたとき、ふうっと息を吐く音が聞こえてきた。
隣にいるからこそ、わかるぐらいの呼吸音。
 

なんてことないため息なのに、どうしてか気になって少年のほうを見てしまった。
 

その瞬間、私の鼓動がとてもゆっくりになる。
私だけじゃない、周りのすべてが、音をなくしてスローモーションになってしまったみたいに、彼と世界は分離していた。
 

彼の横顔が、泣いていた。
いや実際は涙なんて流れてないし、嗚咽をもらしているわけでもない。

でもそう感じるぐらい、哀しそうな、せつなそうな横顔だった。
透明すぎる瞳は、横から見ると長い睫毛が傘になっていて、暗い影を落としている。

見ているのが苦しくなってきて、ゆっくり視線を外す。
同時にゆっくりだった心臓の音が、急に速くなってゆく。
 

私は彼を、思い出した。
その横顔に、僅かながら面影を重ねる。
 

私が見ていたことに気づいて、彼ーー一ノ瀬湊くんはこちらに顔を向けた。
もうその顔は泣いていない。
その代わりにっこり笑ってくる。

その笑顔は、記憶にはないものだった。
それも当たり前かもしれない。一ノ瀬くんを最後に見たのは、もう五年も前だ。
小学生から高校生に至る成長なんて、とてつもなく変化しているんだろう。
 

第一、一ノ瀬くんではないかと思っただけで、本当にそうなのか、そうだとしても私を覚えているのかもわかっていない。
勝手な思いこみの可能性のほうがむしろ高いぐらいだ。
一ノ瀬くんが京都に住んでいるのかどうかすら私は知らない。
 

それでももしそうならば。
なんて考えたところで無駄だろう。あの頃の感情を思い出す必要はない。
やめよう、変な感傷に浸るのは。さよなら、小学生の私。
 

もう一度ゆっくり息を吐く。
今度はマフラーが息苦しく感じて、口元から指でぐいっと引き下げた。
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