豊中まわり
氷上 涼

唯一無二

「氷上ー。おはよー。」

サッカー部の朝練を終え、廊下を歩いていると、今一番会いたくないやつの声が背中越しに聞こえた。

そのまま振り向かず歩いていくと、

「あれー。ムシは傷つくなー。氷上ー。」

能天気な呼び掛けにイラつき、

「近寄んな。ムカつくから。」

そう言って、教室に入ろうとした。

すると、長瀬が 俺の行く手を阻んだ。

「あれー。もしかして、もうばれちゃった?ナイショにしといてって、結莉に言っといたのにー。」

長瀬を 思い切り殴りたい気持ちをぐっと抑えて、
こぶしを握りしめた。
 

「長瀬…次、結莉におかしなマネしたら、ただじゃすまないからな。」

荒らげたい声を、必死に抑えた。

「氷上こわーー。別にそんなの結莉の自由じゃない?今日は氷上が大好きでも、明日はオレが大好きかもしれないしーー。」

痛いところをついてくる。

長瀬がヘラヘラしてるぶん、余計ムカついた。

長瀬の手が、結莉の手に触れた。
結莉の手に、長瀬の唇が 触れた。

その事実だけで、俺がどれだけムカついているか。

なんでコイツ、ノウノウと俺の前に姿があらわせるんだ。

イラつきを抑えられない。

「ふざけんな。結莉に会うな。結莉も嫌がってるの わかんないの?」

「わかんなーい。オレ、氷上と違って暇だからー、結莉に会いたい放題なんだよね。
それに、イヤよイヤよも好きのうちーっていうじゃん?氷上より会ってたら、そのうち好きになってくれるかもー。」

「マジムカつく‥‥」

思わず、長瀬を殴りたくなった。

昨日、結莉との関係が少し進んでいなかったら殴っていたかもしれない。

ぐっとこらえて、長瀬の胸ぐらを掴んだ。

「近づくな っていってんの。わかんないの?」

「こわーーー。正しいイケメンこわーーー。
暴力はんたーーい。」

廊下にいる まわりの生徒達がざわめき始めた。

「ヤバイんじゃないのー。氷上ー。サッカー部のエースなのにぃ。イケメンが二人もそろってたら、目立つしねー。」

ふざけた態度の長瀬に真底イラついたが、まわりの視線も気になり、掴んだシャツを離した。

そして、そのまま教室に入ろうとした。

ちょうどその時、長瀬の取り巻きっぽい女子が現れた。

「伊織ー。なんで連絡くれないのー?」

甘えた声で、酔いそうなくらい甘い匂いをふりまいている。
苦手な匂い。鼻が曲がりそう。

「ごめーん。好きな子できたんだ。だからもう遊べないんだ。」

その言葉を聞いて、俺はドアのうしろで立ち止まった。

香水クサイ女子は、ウソ泣きのようなジェスチャーをしながら

「えーー。まだ彼女じゃないなら、いいじゃない。あそぼーよ。かなしーよー。他の子も納得いかないって。」

「ごめんね。」

「好きな子って誰?この学校の子?」

急に香水女の声色が微妙に変わった。

「うーーん。内緒かな。」

「もしかして、文化祭で氷上くんと歩いてた子じゃないよね?」

女の勘って怖い。

「ちがうよ。」

「本当に?」

「なんで?」

「もし、その子なら、氷上くんの彼女ってだけでもムカつくのに、伊織まで盗られたら 許せない。調子にのり過ぎ。」

背筋が凍った。

女って本当に怖い。結莉がおまえに何をした。

結莉がいつ調子に乗った。

結莉はただ、俺にも長瀬にも好きになられただけなのに、なぜ結莉が標的になるんだ。

お前の標的は、今、目の前にいる長瀬だろう。

もっと長瀬に文句を言えよ。

「本当に違うって。オレみたいなやつじゃなくて、もっといいやつ探して。」

「この学校に伊織以上にかっこいい人なんていないよー。」

「氷上を除いて?」

「まぁね。」

予鈴がなって、長瀬と女子は教室へ行ったようだ。

長瀬が女友達を切っているのは本当だった。

更に結莉をかばう姿勢に、少し本気が見えた。


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