豊中まわり
氷上冴子

負けられない戦い

あぁ。きつめに言ってしまった。

でもどうしても許せなかった。
私はああいう卑怯な真似が大嫌い。

結莉ちゃんドン引きかな…。

そっと後ろを振り向くと、泣きじゃくる結莉ちゃんがいた。なんて可愛いのだろう。



この子と初めて会ったのは、小学5年の最初の参観日。

5年になって、やたらとテンションの高い息子が、無意識でよく出す名前〝深瀬〟が気になっていた。

母親なら小学生の息子の初恋はすぐわかる。

特に うちの涼は、今まで 男子の名前か サッカー選手の名前しか 話題に出てこなかった。

なのにチラチラ出てくる〝深瀬〟がどんな子なのか、ワクワクしながら教室に入った。

瞬間、ひとり目を引く子がいた。

小学生の中に中学生がひとり混じっているようなかんじの子。

白くて、茶色髪を後ろでひとつに結んでいる。

スラリと背が高い。賢そうな顔だち。

席は涼の後ろ。

ようやく目に入った息子が、うれしそうに彼女に話しかけている。

バレバレだよ…息子よ…あの子が〝深瀬〟だな。

私には気付きもしない。

去年まではブンブン手を振っていたのに…

男の子ってそんなもんよね。


息子の趣味は悪くない。
というか、高嶺の花じゃないか。

まわりの知ってるママに探りをいれた。

「あの綺麗な子、知ってる?」

「あぁ。深瀬結莉ちゃん?たしか去年引っ越してきたのよ。賢いらしいよ。涼くんも結莉ちゃん気になるかんじ?」

「かなりね。倍率高そう…」

「涼くんもかっこいいじゃない。美男美女ね!」

「うちのは中身がすっからかんだから…」


彼女の聡明さは、授業参観ですぐにわかった。

算数の授業だったが、どんな問題でもすぐ解き終わると、まわりの子に丁寧に教えていた。

もちろんサッカーばかりで勉強は全然ダメな息子にも。
涼はちゃんと聞いているのだろうか。
舞い上がって頭に入っていなさそう。

私は〝深瀬〟から目が離せず、彼女ばかり見ていた。

説明が実にうまい。
どこがわからないか丁寧に聞き、わかりやすく教える。
先生よりわかりやすい。

先生もそれがわかって、甘えているのではないか。
〝深瀬〟の付近には全く来ない。

加えて、あの落ち着いた感じ。

今でも充分、クラスの男子を惹き付けているけど、大人になったら、とてつもなく綺麗な子になりそうな予感がする。

このクラスにも〝かわいい〟かんじの子は、何人かいる。

ピンクやリボンやロゴ入りのブランド服で着飾った女の子。

授業中にこそこそ話していて、私はやや苦手。

それに比べて〝深瀬〟は、グレーのTシャツに淡い色のジーンズをくるぶしで折り返している。

自分の体に合ったものを着ていて、なおかつセンスがいい。
大人服を小さくしたような感じ。

お母さんの趣味がいいのか、自分で選んでるならスゴい。


私の知ってる勉強できる子は、だいたい2パターン。

勉強できることを鼻にかけて、上から目線の少し嫌な小学生タイプ。

もしくは

ひたすら大人しくて、目立たないタイプ。

彼女はどちらにも属さない。
人の目線の下まで下がって、穏やか。
でも凛として目立つ。

45分彼女のことばかり観察して授業参観が終わった。

涼、がんばれ。
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