豊中まわり

重責

重たい雰囲気を引きずって、1階に降りた。

結莉のお母さんに挨拶してから帰ろうと思い、リビングに顔を出した。

「お邪魔しました。帰ります。ありがとうございました。」

キッチンで料理をしてったっぽいお母さんは、

「夕飯食べてってくれたらいいのに。ダメ?」

と明るく聞いてくれた。

すいません。お嬢さんを襲いかけました

すいません。お母さんもいるのに…

すいません。もう自己嫌悪の塊です。
帰ってひとり、反省します。

とは言えないので

「すいません。今日は帰ります。」

とだけ言った。結莉が遠慮がちに

「送っていこうか?」

と言うけど、そんなわけにはいかない。

お互いにこの気まずい雰囲気を
どうにかしたいと思っている。

でも、今の俺にはその糸口が掴めない。

何を話していいかわからない。

結莉に嫌われたらどうしよう。

いつもいやらしいこと考えている男って思われたらどうしよう。

ネガティブな感情が渦巻く。

「危ないし。大丈夫。」

それだけ言って玄関へ向かった。

すると、結莉のお母さんが

「私、買い物あるから、ちょっとそこまで一緒にいい?」

と言われ、ドキっとした。

娘に手を出したことがばれて怒られるのだろうか。

「あっ。はい。」

結莉の目が見れず、結莉の方向だけ見て

「じゃあ。また連絡する」

と言って、お母さんと一緒に玄関を出た。

もう完全に日は落ちていたが、夏の余韻を残した空気がなま暖かい。

数歩歩いたら所で、結莉のお母さんが切り出した。

「結莉とケンカでもした?」

唐突にイタイところを付かれ、言葉が出てこなかった。

「結莉ね、ちょっと自分に鈍感なとこない?ちょっと卑屈というか。」

「あっ。わかります。たまに謎の思考が…。」

「自分が嫌われてるんじゃないか。とかでしょ?」

「そう!それです。結莉…さんが嫌われるわけないのに…」

「うん…。それは氷上君が男の子だからね。
女の子からは小さいときから嫉妬されて、仲間外れにされてたわ。
親が言うのもなんだけど、あの子けっこうカワイイでしょ?
おとなしいし、言いたいこと言えないし、
頭も良かったから余計に。」

「はい…魅力的です…。」

「氷上君も魅力的よー。
だから最初心配だったの。
氷上君と付き合ってるって聞いた時。
嬉しく思う反面、沢山の嫉妬に立ち向かって行かなくてはいけないことが…。
でも、氷上君と付き合い出してから、
すごく楽しそうなあの子を見ると、良かったな…って思ってるのよ。ホントに。」

「すいません…。
結莉さんのことは、出来るだけ守っていこうと思ってます。」

「ありがとう。そう言ってくれると、
少し肩の荷が降りた気分だわ。
女の子の親ってね、産まれた時からずーっと、その子を守ることが役目みたいなとこがあってね。
早く、結莉が大好きな人が守ってくれたらいいのに…って思ってたの…
あの子のおでこに傷があるの知ってる?」

「知らないです。」

「小3の時にね、学校の階段から同級生の男の子に突き落とされてね…ランドセル背負ってたもんだから、バランスとれなかったみたいで、救急車で運ばれて、3針縫ったのよ。」

「え…なんで」

「後でわかったことなんだけど…
結莉の髪に触りたかったんだって。その男の子。
触れたら結莉が振り向いて、思わず押してしまったらしいわ。
そんな理由聞かされたら、怒るに怒れなくなってね。」

その男子の気持ちが痛いほどわかった。

結莉の髪に触りたかったんだ。
好きだったんだ。

「結莉に理由は言ってないの。
だからあの子、嫌われてるから、突き落とされたって思ってるみたいで。
人に嫌われることに敏感になりだしたのは、その頃なの。
転校してみたけど、ダメだった。
中学の時も、女の子から目を付けられてたっぽくて、人間不振と自信のなさに拍車がかかってたわ。」

「すいません。」

「なんで氷上君が謝るの?」

「俺のせいなんです。俺が結莉さんのこと好きだったから、嫌がらせを受けてしまったんです…。
本当にすいません。」

「あぁ。そうだったの。
でも結莉のこと長い間好きでいてくれてるのね。ありがとう。
もしかして、小5から?」

「はい…」

「じゃあ安心だわ。こんなに素敵な彼氏にそんなに長い間思われてたら、ちょっとは自信もつくかも。
あの子、容姿と自己評価にすごく差があるから危ないの。
この前も女の子だけでプール行こうとしてたし。」

「あっ!それ、俺も必死に止めました。絶対危ない。」

「でしょ?好きな男の子だったらいいの。
本ばっかり読んでないで、色んな経験をして素敵な女性になって欲しいの。
でも、好きでもない人もあの子に引寄せられるでしょ。
それが恐怖なの。
氷上君…勝手なお願いだけど、あの子守ってやってね。」

色んなことが繋がった。

結莉の謎の思考の答えも。

結莉の両親がどれだけ大切に見守りながら育ててきたのかも。

結莉を守る。もちろんそのつもりだけど、今まで以上にそうしなければ…と強く思った。




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