晴れ渡る空の下で、君のために風となる。
聞かされた名前に、ハッと息を呑む。

和泉崚太。その名前を、知らないはずがない。

中学2年生にして大会記録タイを弾き出した将来有望のスプリンター。

陸上の雑誌などで度々取り上げられるほどの活躍ぶりだったにも関わらず、中学最後の大会に姿を見せることなく、彼は陸上界から姿を消した。


「まさか……」

「御察しの通りよ。……あの子は陸上が嫌になって辞めたんじゃない。好きで好きで仕方ないまま、走ることが赦されなくなったの」

「……っ」


それはどれほどの痛みだろう。

結果を出して、まだまだこれからって時に失われた明るい未来。

その痛みは、私には到底計り知れるものではなかった。


「生きる意味を失った当時のあの子は、きっと心が壊れてた。……1人の時はいつも目が虚ろで、遠くを見ていて。でも、周りにいる私達が声を掛けると笑うのよ」

「…………」

「必要以上に、私達に心配かけないように。感情を押し殺すあの子を見るのが、何よりもつらかった」


過去を語るリョータのお母さんの表情から、当時の苦しみが読み取れる。
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