ホテル王と偽りマリアージュ
その話を初めて聞いた割に、二人の前でも私が取り乱さずに済んだのは、要さんがそのくらいのことは仕掛けてくると、予想していたからだった。


皆藤家の嫡男の一哉から社長の座を奪おうというからには、彼以上の社長としての器と実績を示さなければならない。
今年中って、あと一ヵ月しかないのにそこまで強気に出るからには、よほどの勝算があるということ。


初めて会った時に『デキる男』と思ったことを思い出し、私も薄ら寒い気分になるのを抑えられなかった、けれど。


もちろん話はニューヨークの一哉にも伝わってることだろう。
当初一週間の予定だった出張を、更に一週間延長したのは、きっとそのせいだと思う。


大丈夫。
一哉が頑張ってるなら、私が不安がる必要はない。
自分で強く信じることが出来たから、私は社内の噂も笑って聞き流すことが出来た。


一哉が出張に行ってから十二日。
十二月に突入して第一週目の木曜日。
オフィスの仕事だけで解放され、久々にまっすぐ家に帰った私を、ラフな服装の一哉が『お帰り』と出迎えた。


部屋のドアを開けた途端、温かい空気に包まれ、呆然と玄関に立ち尽くす私を、彼は少し段差のある玄関先から静かに見下ろしている。


「寒かったろ? 風呂湧いてるから先入っちゃえば? あ、夕飯どうしようか。宅配ピザでよければ、俺オーダーしておくけど」
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