ホテル王と偽りマリアージュ
そう言って拳で軽く私の額を小突き、一哉はゆっくり立ち上がった。


「え?」


割とあっさり引かれて、私の方が拍子抜けして彼を目で追ってしまう。
そんな私の視線に気付いてかどうか。
一哉は軽く肩を竦めて私を振り返った。


「いいよ。行こうか。椿のお望みの『デート』」

「え」

「え、じゃなくて。どこか行きたいとこあるんじゃないの?」


きょとんと目を丸くして私に訊ねる一哉に、ほんのちょっと困った。
恋人としての始まりなら、当たり前に『まずデート!』と思っただけで、行きたい場所もしたいこともノープランだ。


真剣な顔で考え始める私を見て、一哉は口元を押さえながらプッと吹き出して笑った。
そのまま、肩を揺らし始める。


「わかったわかった。じゃ、俺にエスコートさせてくれる?」

「え?」

「確か今夜のオペラのチケット、どこかでもらったはず。ただのゴミ屑になると思ってたけど、せっかくだから行こうか」


一哉はサラッと言うけど、オペラのチケットが相当高いことくらい私だって知っている。


「時間あるからゆっくり支度して、その前にディナー済ませて行こうか。椿、なにが食べたい?」
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