ホテル王と偽りマリアージュ
夕方になってお互い支度を整え向き合った時、非の打ちどころのない完璧な紳士の姿で、一哉は私を褒めてくれた。


「出逢った頃とはエラい違いだね。どこから見ても貴婦人だ」


出逢った頃が彼にとってどんなに酷かったかは、聞いたらそれなりにショックを受けそうだから受け流す。
一哉もクスクス笑いながら、恭しく私の手を取ってくれた。


「行こうか、椿。タクシー下に待たせてあるから」

「はい。……お願いします」


一哉の腕に手を掛けると、いつものお務めの時と同じように、変な緊張感は消え去った。
それでもドキドキしてるのは、やっぱりこれがデートだからだろう。


私の心情を見透かしたのか、一哉はいつもの柔らかい笑みを浮かべ軽く背を屈めると、どこまでもスマートに私の頬にキスをした。
一瞬優しく触れた温もりの意味がわからず、彼が姿勢を正した後も呆然と何度も瞬きをしてしまう。


大きく見開いた目で一哉を見上げながら、温もりを捕まえるように頬に手をやった。
一哉は私の反応に満足したように、軽く肩を竦めながらニッコリと微笑み、


「行くよ、椿」


私のドキドキを小さな悪戯で煽っておきながら、自分はどこまでも涼しい態度で私を夢のようなデートに誘うのだった。
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