ホテル王と偽りマリアージュ
オペラ観劇は生まれて初めてだったけど、内容はと言えば、わかりやすい古典劇。
舞台上のオペラ歌手は国内外で活躍する有名人だったから、もちろん歌唱力は抜群で、音楽としても楽しめた。
中世ヨーロッパが舞台の悲恋物で、舞台セットや衣装とかもゴージャスでどこかノスタルジックで……オペラ初心者の私は完全に舞台にのまれて、最後はほとんどヒロインに陶酔していた。


観劇を終えてロビーに出た後も、興奮を抑えられずに一哉に舞台の感想をしゃべりまくった。
彼はきっとオペラなんか見飽きてるだろうと思うのに、頬を上気させる私の話に、嫌な顔もせず耳を傾けてくれている。
私の拙い素人感想にも、相槌を打ちながらさりげなく知識を含ませてくれる。
そんな一哉の優しさにますます浮かれて、自分の気に入った場面のことを話し出そうとした時。


「庶民なんか連れてきても、オペラのよさがわかるとは思わないんだけど~? 一哉」


高揚した楽しい気分が、一気に地面に撃ち落とされるような、無情な声。
私と一哉の背後で、踵をコツッと鳴らして立ち止まる気配を感じた。


名前を呼ばれた一哉も、『庶民』と言われた私も、ほとんど同時に振り返る。
もちろん、この口調でも声でも高飛車な言葉でも、相手を確認せずとも誰かはわかる。
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