ホテル王と偽りマリアージュ
「麻里香。なんだ、君も来てたの」


一哉は相変わらず彼女の言葉の内容は完全にスルーしている。
おかげで、一瞬とは言えイラッとしたのは私だけだ。
相手にしないのが大人の対応だと言い聞かせるけど、イラッとするのだけは抑え切れない。


「せっかくの演目だもの。な~んだ。来てるなら一哉にエスコートをお願いすればよかった」


そう言って腕組みをしながら大きく胸を反らせる麻里香さんは、しっかり正装。
肩の開いたイブニングドレス姿で、それなりに胸の谷間を強調させている。
そのせいかこの間よりはいくらか大人っぽく見えるけれど、私に向ける敵意と一哉への擦り寄りっぷりは相変わらずだ。


「俺はダメだよ、麻里香。妻以外の女性をエスコートする気はないから」


一哉がやんわり言って苦笑すると、麻里香さんはわかりやすく大きく頬を膨らませた。


「『妻』ねえ……。でも、椿さんにはオペラのよさなんかわからないでしょう? セリフだって歌詞だってわからないでしょうし。そんな人間を連れてきたって、席がもったいないじゃない」


オペラの歌詞もセリフもイタリア語だ。
それを、麻里香さんもわかってるとは思えないんだけど。
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