ホテル王と偽りマリアージュ
「そんなことないよ。確かに今夜が初めてみたいだけど、すごく楽しんでくれた。連れてきた甲斐があったって、俺も喜んでるんだけど」


なにをどう言っても一哉が私を庇うのが更に面白くなかったのか、麻里香さんはふんと音を鳴らして鼻の穴を広げた。
そして、私の方に鋭い視線を向けてくる。


「どうだか。どうせ内容もわからずに『すごいすごい』って興奮してだけでしょ……」

「こ~ら、麻里香。そういう言い方は失礼だって言っただろ」


どこまでも私に突っかかる麻里香さんを止めたのは、彼女の後ろから近寄ってきた黒いスーツ姿の長身の男性だった。
その声に私はビクッと身体を強張らせ、一哉はスッと横目で姿を捉えて眉を寄せる。


「よお、一哉。お前はいいな~奥さん同伴で。俺なんか一回り以上離れた妹のお守りだよ。せっかくの休日だってーのに」


私と一哉の視線を全く気にする様子もなく、要さんは朗らかに声を掛けてくる。
私たちの前で足を止めると、横目でチラリと私を見遣った。
私はほとんど反射的に目を逸らす。


「お兄様、お守りってなによ! 今日の演目はお兄様だって楽しみにしてたでしょ」


一哉は平気でも、要さんに子供扱いされることにはどうやら敏感らしい。
麻里香さんは思いっきり目力込めて彼を睨み付けながら、更にドンと肘鉄を食らわせる。
要さんは大袈裟に背を仰け反らせ、妹の攻撃を避けた。
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