ホテル王と偽りマリアージュ
そこに冷たさと威圧感を感じたのは私だけじゃない。
言われた本人の麻里香さんが、それまでの勢いを完全に引っ込めて口籠るくらいだったから、私の感覚に間違いはなかっただろう。


そして、


「……は~い」


麻里香さんが大人しく引き下がるくらい、反論が許される空気じゃないということもわかる。
麻里香さんは名残惜しそうに一哉を見てから、私には『ふんっ!』と大きく鼻を鳴らしてツーンとそっぽを向いた。


ちょっと呆気に取られながらその背を見送る。
私の横で、要さんがパンツのポケットに手を突っ込みながら、一哉の方に一歩距離を詰めていた。


「俺の下剋上でニューヨーク走り回ってるだろうと思ってた。年内は帰ってこないだろうと思ってたのに……優雅に妻とオペラ観劇か。余裕だな。俺ごときの反乱じゃ、お前には痛くも痒くもなかったか?」


いつも飄々としている印象の要さんが、わかりやすいくらいの皮肉を一哉に向ける。
一哉も要さんに煽られるように、表情をわずかに険しく歪めた。


「もちろん走り回ったよ。一昨日までね。でも要が結果見せるのは来年の幹部会だろ? だったらそれまで走り続けても疲れるだけだし。椿とオペラ観るくらいの息抜きは出来るよ」


それでも、要さんに返す一哉の言葉は、いつも通りとても柔らかい物だ。
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