ホテル王と偽りマリアージュ
「そこは、寂しいって言って欲しかったかな……」

「え?」


予想外の言葉が返され、私はきょとんと目を丸くした。
一哉はちょっと困ったように首を傾げる。


「要がいるのに、君を日本に一人にするのが心配。多分アイツ……社長の座なんか本当はどうでもよくて、あくまでも目的は君だと思うから」


そう言って、彼は私の頬をスッと指先で撫でた。


「え?」


オペラ劇場での一哉の呟きを思い出し、私は答えを求めて顔を上げた。
彼は少し迷う様子を見せてから、ゆっくり口を開く。


「仕事で実績を上げることを宣言すれば、それに対抗する為に、俺が日本から離れっ放しになるって期待したんじゃないかな、って思った。さっきの要の口ぶりから」

「え?」


更に聞き返す私に、一哉は自分も考えるように眉を寄せる。


「親父から話聞いて、ヨーロッパでの事業展開の今期の業績見通し、調べさせたんだ。正直なところ、下方修正した方がいいと思うくらい、微妙なところ。それを年内って言うなら、俺に余裕だなんだって突っかかる前に、要の方こそヨーロッパ中飛び回ってなきゃ、とても挙げられる数字じゃない」


そう言いながらますます深く刻まれていく一哉の眉間の皺を、私はまっすぐ見上げていた。
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