ホテル王と偽りマリアージュ
「もちろん」


一哉から返ってきたのは、そんな短い言葉だった。


「それで、毎日俺を『行ってらっしゃい』って送り出して。その時は、ちょっと寂しそうに。それで、帰ってきた俺を、満面の笑顔で出迎えて」


そんな、当たり前過ぎる願いを、私に向ける。
頷く前に込み上げてきた嗚咽を飲み込む為に、私はグスッと鼻を鳴らした。


「椿の笑顔と『お帰り』があれば、俺は今よりもっと頑張れる。強い男になれる。全部君の為だけだよ」

「……はい」


もっと気の利いた返事を伝えたいのに、どこまでもまっすぐ私の心を射抜く一哉の言葉に、なにも言葉が見つからない。
結局私が返したのは、頷きながらの短い言葉。
それでもちゃんと一哉は聞き留めてくれた。


「よかった……」


ホッとしたように息をついた彼の腕が、声が消え入るのと同時に私の背に回り、力が籠る。


一哉の胸に顔を埋めたままの私の瞳には、この世の物とは思えないくらい美しい、マンハッタンの夜景が映らない。
それでも、今目に映る一哉の胸が、私にとってはなによりも美しい景色になる。
頬に直に感じる彼のちょっと速い鼓動も、じんわりと染み入る体温も。
今この瞬間、私が感じる彼の全てが、私の一生の宝物になった。
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