だから今夜も眠れない
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「ちょっとなんなのその顔」


「あ?なになんか変?」


「変て、あんた化粧したの、鏡見たら自分がどんな顔してるか分かるでしょ?」


「あー、どうだったかな?」

「どうだったかなって?あんたらしくもない、

化粧に最低一時間はかけるあんたが眉もなければ、

リップにおいては荒れてぼろぼろじゃないの」


「顔は洗った記憶はあるから、化粧してないかも……」


「馬鹿なの?もう若くないんだからUVなしですっぴんなんて、

自殺行為でしょうが。




「だってだって、洸はもう戻ってこないんだよ?


洸が

『今日も可愛いね』って言ってくれないのなら、

化粧なんかしたってしょうがないんだよ。

顔がぼろぼろだって誰も気になんかしないよ」


「ああ、もう、さや。

あんな人でないしの男のことなんて忘れちゃいな」


さや……


洸が呼ぶから好きだったこの名前も、

彼が呼んでくれないなら改名したい気分だよ。


「此処は一応客商売だし、とにかくトイレ行って眉毛だけでも描いておいで」


私はこくりと頷くと席を立ちあがると、

ティッシュをボックスから大量に取り出し、

チーンと音を立ててかんだ。


館長がちらりと私を見て大きなため息をついた。

美術専門学校を出てやっと手に入れた就職先。

と言っても小さなおもちゃ博物館の臨時職員だ。

一年ごとに契約を更新して貰えるはずだけど、

更新されないってことも常に覚悟しておかなくてはならない。


だから、ずっと猫を被って、お嬢様を装ってきたのに、

ここ何日かで丸崩れだ。


















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