ADULTY CHILD
『俺嫌いじゃねぇよ、あんたみてぇな女』

「な、何言ってんだか…
からかわれてるんだ、きっと…
あれ、ぎん?」

ふと、ソファーで眠っている筈のぎんの姿が忽然と消えているのに気付く。

「ど、どこに…?」

「…ママぁ…」

ソファーに駆け寄った時、背後からぎんの呼ぶ声が聞こえてきた。
振り向くと、ぎんが寝室のドアからおずおずと顔を出していた。

「な、何でそんな所に…?
っていうか、いつ起きたの?」

「…お兄ちゃん、もう帰った…?」

雅也を追い掛けて廊下に出た時は確かにソファーで眠っていた筈だ。

「まさか、さっきの話聞いてたの…?」

ぎんの顔が曇っている理由を仮定しそうになった桜は、ぎんの次の言葉にガクッと肩を落とした。

「あのねぇ、ぎん、お腹空いたぁ」

言われて気付いたが、朝からドタバタしていたせいで、朝から何も食べていなかったのだ。
しかも、時計の針は昼の12時手前を指していた。

「ねぇママ、ご飯作って?」

「えぇっ⁉︎
で、でも私料理なんてまともにした事無いし…」

かといって、この状態のぎんを連れて外食なんて出来るだろうか?

「ね〜ママぁ〜、ぎんのお腹と背中くっついちゃうよ?」

甘えた声で擦り寄ってくるぎんに後退りながら、桜は一気に色んな事が起きて上手く機能しない頭を何とか稼働させた。

「じゃ、じゃあ、何か買ってくるからお留守番してて?
えっと…お、る、す、ば、ん、出来る?」

「ぎんお留守番出来るよぉ。
でもママとお買い物行きたい〜」

「我が儘言わないでお留守番してて?
何か食べたいのある?」

「えっとねぇ…
ぎん、ハンバーグ食べたいっ!」

「え…えぇっ⁉︎」

自慢じゃないが、桜は学生時代の家庭科の成績で2以上取った事が無い。
塩と砂糖を間違えるなんて当たり前、包丁を持てば必ず手を切る。
そんな桜を見兼ねてクラスメイトだけでなく、教師までもが桜から包丁を奪うのが常だった。

そんな私にハンバーグを作れと?

「ママがハンバーグ作ってくれるならぎん良い子で待ってるよっ!」

不穏な空気を肌で察したのか、ぎんが子供らしからぬ妥協案を提案してくる。

それにしても…身体は大人なのに口を開けば明らかに小さな子供のぎんに全くと言って良い程慣れない。
そんなぎんを見やりながら、2人で買い物に行くなんて自殺行為だ、と桜は溜め息をついた。

確実に周囲から変な目で見られるだろう。
ここは覚悟を決めなければ。

「ママ?」

「分かった。
じゃあ頑張ってハンバーグ作ってあげる!
だから良い子にして待ってて?」

「うん!」

満面の笑顔のぎんに一抹の不安を抱きつつも、桜は玄関まで見送ってくれたぎんに手を振って近くのスーパーへ向かった。
スーパーへ食材の買い出しに行くなんて、しかも男の為に料理をするなんて初体験だ。
しかし、これはまだ序章に過ぎないこを、その時桜は少しも想像出来ずにいた。
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