ADULTY CHILD
「まぁ一種の賭けだったんすけど。
それにしても、いっつも俺の事顎で使う銀が『しゅん兄ちゃん』て呼ぶなんて、何か複雑っすね!
銀の親父さん達が帰ってくるまでは俺らがフォローしますから、ドーンと大船に乗ったつもりでいて下さい。
あ、あとこいつの服とかも持って来たんで。
もし足んない様だったら言って下さいね」

「あ、有難うございます…」

「本当は俺がこいつの面倒見れればいいんすけど、俺んちも弟達でギリギリで…
姉さんの事、本当にママだと思ってるみたいで引き離すのも気が引けるし」

ケチャップまみれになっているぎんの顔を拭いてやっている俊を見て、普段も弟さん達の面倒を嫌な顔1つせずにやっているんだろうという事が伺えた。

「あ、忘れるとこだった!
銀の財布、どこにあるか分かります?」

「財布…?
分からないですけど…あ、コートならそこに」

乾く様にとエアコンの前に掛けてあったコートを見付けて、俊がポケットを探る。

「ありました?」

「んーと…
あ、あった!
こいつに確か入れてた筈…
発見、これ保険証っす。
今日明日は週末だし病院って休みっすよね。
月曜の午前中なら俺バイト無いんで付き添えますけど、姉さんは?」

「あ、私は仕事で…」

「病院?
病院やだ〜!
注射嫌いっ‼︎」

私達の話が聞こえたのか、ぎんが手に持っていたフォークを落として顔をしかめた。

「やべっ、こいつ昔っから注射駄目なんだった!
だ、大丈夫だって、注射はしねぇから!
…多分」

「痛いのやだぁ〜っ!」

遂に泣き出してしまったぎんを俊が必死になだめている。

「やだぁ〜!
絶対病院行かない〜っ‼︎」

「よし分かった!
じゃあママにも一緒に行って貰おう、な?」

「え?
ちょっ…私は仕事が…」

「…ママと?」

「ママと一緒なら怖くないだろ?」

「…うん、ママと行く」

…どうやら私も病院に付き合わされる羽目になったらしい。

断れない空気をひしと感じて、桜は項垂れた。
泣き止んだぎんの頭を撫でている俊を見ながら、仕方無しに午前中だけ有給を取る事に決める。
あのハゲ部長が文句を言うだろうという事だけが、桜の心に暗雲をもたらしていた。

「おし、んじゃ兄ちゃんはそろそろ帰るからな」

「え…もう帰るんですか?」

「弟達と出掛ける約束してるんすよ。
これ以上待たせる訳にもいかないんで…
じゃあこいつの事、宜しくお願いします。
また月曜に来ますから」

「しゅん兄ちゃん、帰っちゃうの?」

腰を浮かせた俊の服を掴んで、ぎんが悲しそうな顔を向けた。

「また来っからさ、それまで良い子にしてんだぞ?」

「うん…
ぎん良い子で待ってる…」

「よし!
じゃあまた!」

玄関まで見送ったぎんが寂しそうな顔でいつまでも閉められたドアを見つめている。

もし俊が言っていた様に、いや、正確には雅也の弁だが、ぎんが記憶喪失ではなく幼児退行だとしたら、顔見知りに会えたのは何よりも嬉しい事だったろう。
月曜日、病院に行きさえすれば、ぎんの身に一体何が起きているのがハッキリする。
それまでの間が、彼女にとってぎんのママとしての真価を問われる2日間になるという事を、桜はまだこれっぽっちも認識出来ていなかった。
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