ADULTY CHILD
plulululu…plulululu…

「うぁぁぁぁん!」

桜は急いで男が着ていた、雪に濡れて重いコートのポケットを探った。
いつ切れるか分からない焦りに急かされる様に通話のボタンを押す。

「ぎーん、お前無事帰れたー?」

電話口から聞こえてきた、やけに間延びする男の声に一瞬迷いながら、意を決してその声に呼び掛けてみる。

「も、もしもし…?」

「あれ、女…?
あー、あんた銀の彼女?
何だよあいつ、彼女出来たんなら言えよなー」

「いえ、あの、私は…」

「彼女が出たって事はちゃんと帰れたんだな。
それだけ分かればいいや。
じゃ」

あらぬ誤解をされたまま通話を切られそうになって、桜は耳に当てていた携帯電話を両手で握り締めた。

「ちょっ、待って下さいっ!」

「何すかー?
俺超眠いんだけど」

いかにも面倒臭そうなその声にうんざりしながらも、もう私を救ってくれるのはこの男しかいない、そう、藁をも縋る思いだった。

「この携帯電話の持ち主の名前、ぎんって言いました?」

「え、何あんた、彼女じゃねぇの?
誰?」

「貴方こそどなたですか?」

「…あー、もしかして銀の奴、ケータイ落としたなー?
拾ってくれた人?」

「えーっと…
拾ったって訳でも無くてですね…」

「じゃあ何?
銀そこにいんの?
なら最初っからそう言えよなー」

先程からの男の口の悪さに苛立ちながら、桜は努めて冷静になろうと大きく息を吸い込んだ。

「…とにかく、私はぎんとか言う人の彼女なんかじゃないし、かと言って携帯電話を拾った訳でもありません。
ただちょっと困った事になってて…」

「埒が明かねぇなー、ハッキリ言ってくんない?」

電話口の男も深夜の為余程眠いのだろう。
だがそれは桜だって同じだ。
鬼の様に山積みされた仕事を片付けて何とか帰宅した所だ、正直今にも倒れ込みそうな程に眠い。

「んだよ、黙ってんなら俺もう寝っから!」

「ま、待って!
えっと…その…」

今のこの状況を説明しなければならない。
しかし、一体何と言えばいいのか?
ゴミ置き場で倒れていた人を自分の部屋に連れ込みました、でも子供みたいに泣くばかりで困っています、とでも?

「早くしろっつの!
今何時だと思ってんだよっ!」

「あ、あの、このぎんって人、もしかしてその…精神障害とかの方ですか…?」

「はぁ!?
…ブッ、アハハハハ!
何その冗談!」

「いやあの、でもですね…」

「確かに我が儘で自己中な奴だけど、精神障害って!
アハハハハ!」

先刻まで眠いと言っていた男はどこへやら、携帯電話からは男のバカ笑いが音割れして響いていた。
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