言えなかったありがとうを、今、伝えます。
episode.5✩⋆。˚──秘密と記憶
episode.5✩⋆。˚「秘密と記憶」
バッシャーン!
突然、真っ暗なこの空間に、バケツをひっくり返したような大きな音が響き渡った。
その途端、目の前の闇が切り裂かれ、そこから白い光が溢れ出る。
場面は教室。とはいえ、よく知っている、毎日見ている高校の教室ではない。でも俺はそこを知っている。
「うっわ、くっさぁーい!」
さっき音が聞こえたほうから、女子の声が聞こえた。
目をやると、数人の女子たちが一人の女の子に水をぶっかけていた。なんて典型的ないじめなんだ。
ふと、その子達を見て思う。ここは俺の記憶だ、と。
この子達はきっと小学生だ。いや、正確には、俺の同級生の小学生のときの姿だろう。
その子達にかこまれて水浸しになっている女の子がいた。
あれは...誰だったかな。
卑劣ないじめっ子がいたのはすごく覚えている。
けど、いじめられていた子のことだけは全く覚えていない。
ガラガラッ
いきなり戸が開き、当時の俺が入ってきた。
なぜ“今の”俺がここにいて、小学生のときのことを第三者の視点から見ているのか。普通に考えればおかしすぎるこの状況に疑問も不安も感じないのは、きっと自分の記憶のなかだからだろう。
当時の俺が叫ぶ。
「おい、お前ら!先生が呼んでたぞ!かなり怒ってたから、早く行ったほうがいいと思うぞ。」
いじめっ子たちは、チッと舌打ちをして、いそいそと出ていった。
当時の俺はというと、ベランダに掛けられていた雑巾を掴み、いじめられっ子の元へ近づいた。
当時の俺にはいじめられっ子を助けるほどの度胸があったのか。
そして、いじめられっ子にお礼を言わせる暇も与えずに床を綺麗にし、黙って教室を出ていった。
ああ、思い出した。確か俺はこのとき、たまたま先生にあいつらを呼んでくるよう頼まれ、教室に戻ったらあんな事だったから、そのまま出ていくのもあれだなと思い、この後ゲームを買いに行く予定だったので急いで片付けて出ていったんだったな。
と、俺が思い出したのを合図にしたように、目の前の場面が教室から林のなかに切り替わった。
ここははっきりと覚えている。
俺のばーちゃんが所有している山の中だ。
昔はよくここで天馬と遊んだな。
なぜばーちゃんが山を所有しているのかというと、この山はもともと有名自殺スポットとして、いままで山中で何人もの人が亡くなっている、いわば“いわく付き”の山だったのだ。このままでは、この街に観光客が来なくなり経済的に危ないと考えた市長は、幼馴染みで仲がいい俺のばーちゃんに、引き取りを頼んだのだ。
で、優しいばーちゃんは即オーケー。
それからは、所有地として立ち入りを規制したので、もちろん自殺者はかなり減った。とはいえ、夜中にこっそり忍び込み自殺を図ろうとする人もいたので、完全に無くなった訳ではなかった。それに、噂も消えることなく、むしろ余計広まっていってしまったのだ。
ガサッ...
お、そんなことを考えていたら、山に誰かが入ってきたようだ。
「今日はでっけぇカブト取れるかなぁ?」
「昨日もでっけぇのいたのに天馬が騒ぐから逃げたんだろー?」
ワーワーと言い合いながら山を登ってきたのは、俺と天馬だった。
俺が天馬の背を抜いているということは、小6のときだな。
カブトを取りに来ているということは、まだ早朝なのだろうか。
大きな杉の木の周りを息を殺して歩く俺の横を、スキップしながら付いてくる天馬の無邪気さは、今と寸分も違わなかった。
あの杉の木は諦めたのか、当時の俺達はまた歩き出した。
2人が歩き出してしばらくした時、2人のものではない声が聞こえた。
「そこ、崩れかけてて危ないよ。」
小さくか細い、不安げな声音。どこかで聞いたことがある気がする。
当時の俺も気づいたのか、キョロキョロし始めた。天馬は気づいてさえいないようだ。
「こっち。」
また、声がした。杉の木のほうから。
俺は杉の木の方に目を向けた。
そこには、木の影からこちらを見やる、黒髪の女の子がいた。それは、あのいじめられていた女の子だった。
当時の俺は振り返る。
小6の俺は、加減を知らない。
勢いよく振り返った“俺”の足元が崩れ落ちる。
「っわ!」
“俺”は、短い悲鳴をあげ、空中に投げ出された身体をよじる。
下には川が流れていた。
天馬が手を伸ばすが、その手を掴めず落ちてゆく。
そのときだった。
さっきの黒髪の女の子が、迷わず崖から飛び降り、“俺”に抱きついた。
ふわっと彼女の髪の毛がふくれる。
その瞬間に思い出す。
ああ。彼女は。
俺は、俺の記憶に向かって叫ぶのだ。
「──早耶香っ!」
そして、俺の記憶の物語は幕を閉じる。
☆*゚☆*゚☆*゚
バッシャーン!
突然、真っ暗なこの空間に、バケツをひっくり返したような大きな音が響き渡った。
その途端、目の前の闇が切り裂かれ、そこから白い光が溢れ出る。
場面は教室。とはいえ、よく知っている、毎日見ている高校の教室ではない。でも俺はそこを知っている。
「うっわ、くっさぁーい!」
さっき音が聞こえたほうから、女子の声が聞こえた。
目をやると、数人の女子たちが一人の女の子に水をぶっかけていた。なんて典型的ないじめなんだ。
ふと、その子達を見て思う。ここは俺の記憶だ、と。
この子達はきっと小学生だ。いや、正確には、俺の同級生の小学生のときの姿だろう。
その子達にかこまれて水浸しになっている女の子がいた。
あれは...誰だったかな。
卑劣ないじめっ子がいたのはすごく覚えている。
けど、いじめられていた子のことだけは全く覚えていない。
ガラガラッ
いきなり戸が開き、当時の俺が入ってきた。
なぜ“今の”俺がここにいて、小学生のときのことを第三者の視点から見ているのか。普通に考えればおかしすぎるこの状況に疑問も不安も感じないのは、きっと自分の記憶のなかだからだろう。
当時の俺が叫ぶ。
「おい、お前ら!先生が呼んでたぞ!かなり怒ってたから、早く行ったほうがいいと思うぞ。」
いじめっ子たちは、チッと舌打ちをして、いそいそと出ていった。
当時の俺はというと、ベランダに掛けられていた雑巾を掴み、いじめられっ子の元へ近づいた。
当時の俺にはいじめられっ子を助けるほどの度胸があったのか。
そして、いじめられっ子にお礼を言わせる暇も与えずに床を綺麗にし、黙って教室を出ていった。
ああ、思い出した。確か俺はこのとき、たまたま先生にあいつらを呼んでくるよう頼まれ、教室に戻ったらあんな事だったから、そのまま出ていくのもあれだなと思い、この後ゲームを買いに行く予定だったので急いで片付けて出ていったんだったな。
と、俺が思い出したのを合図にしたように、目の前の場面が教室から林のなかに切り替わった。
ここははっきりと覚えている。
俺のばーちゃんが所有している山の中だ。
昔はよくここで天馬と遊んだな。
なぜばーちゃんが山を所有しているのかというと、この山はもともと有名自殺スポットとして、いままで山中で何人もの人が亡くなっている、いわば“いわく付き”の山だったのだ。このままでは、この街に観光客が来なくなり経済的に危ないと考えた市長は、幼馴染みで仲がいい俺のばーちゃんに、引き取りを頼んだのだ。
で、優しいばーちゃんは即オーケー。
それからは、所有地として立ち入りを規制したので、もちろん自殺者はかなり減った。とはいえ、夜中にこっそり忍び込み自殺を図ろうとする人もいたので、完全に無くなった訳ではなかった。それに、噂も消えることなく、むしろ余計広まっていってしまったのだ。
ガサッ...
お、そんなことを考えていたら、山に誰かが入ってきたようだ。
「今日はでっけぇカブト取れるかなぁ?」
「昨日もでっけぇのいたのに天馬が騒ぐから逃げたんだろー?」
ワーワーと言い合いながら山を登ってきたのは、俺と天馬だった。
俺が天馬の背を抜いているということは、小6のときだな。
カブトを取りに来ているということは、まだ早朝なのだろうか。
大きな杉の木の周りを息を殺して歩く俺の横を、スキップしながら付いてくる天馬の無邪気さは、今と寸分も違わなかった。
あの杉の木は諦めたのか、当時の俺達はまた歩き出した。
2人が歩き出してしばらくした時、2人のものではない声が聞こえた。
「そこ、崩れかけてて危ないよ。」
小さくか細い、不安げな声音。どこかで聞いたことがある気がする。
当時の俺も気づいたのか、キョロキョロし始めた。天馬は気づいてさえいないようだ。
「こっち。」
また、声がした。杉の木のほうから。
俺は杉の木の方に目を向けた。
そこには、木の影からこちらを見やる、黒髪の女の子がいた。それは、あのいじめられていた女の子だった。
当時の俺は振り返る。
小6の俺は、加減を知らない。
勢いよく振り返った“俺”の足元が崩れ落ちる。
「っわ!」
“俺”は、短い悲鳴をあげ、空中に投げ出された身体をよじる。
下には川が流れていた。
天馬が手を伸ばすが、その手を掴めず落ちてゆく。
そのときだった。
さっきの黒髪の女の子が、迷わず崖から飛び降り、“俺”に抱きついた。
ふわっと彼女の髪の毛がふくれる。
その瞬間に思い出す。
ああ。彼女は。
俺は、俺の記憶に向かって叫ぶのだ。
「──早耶香っ!」
そして、俺の記憶の物語は幕を閉じる。
☆*゚☆*゚☆*゚