【てぃんかーべる】
「矢嶋さん……でしたね
 よく調べてある
 しかし
 マル査は
 うちに近付かんのです
 いや
 近付けないように
 仕向けているというべきか」

マル査とは
国税局の査察部のこと

なるほど
国税局の幹部数人を
金と権力で
牛耳っているわけか

どうりで
これほどの資料をみせても
動じなかったわけだ

一介の国税局員の
脅しや振いなど
蚊ほどしか思ってないのだな

「娘さんの
 会社のほうはいかがでしょう」

「そういうのは
 娘の個人弁護士が
 請負うので
 そちらでどうぞ」

肝の座った親父だな

「そうですか
 わかりました
 ではこの資料は
 しかるべき所に
 提出させていただきます」

しかるべき所──

それはマスコミ関係のことだ
大物政治家の脱税は
おいしいネタである
メディアが騒げば
国税局も動かざるおえない

そうすれば
南 勇次郎の地位が
追いやられるどころか
実刑を喰らうだろう

もちろん
私の言葉で
彼もそのことは察しているはず

私は
書類を鞄に戻し
席を立った

「そうなると
 君は国税局で働くことはおろか
 この世で
 生きていくのも
 ままにならないかも知れんぞ」

私は
振り向くと

「脅しですか?
 そんなことで
 私の正義は屈しませんが」

さも悪を許さない
勇士のような発言をした

「警鐘を鳴らして
 あげてるわけだよ
 わしが
 矢嶋 文雄という局員を
 即首にする権力をもっている
 裏社会の繋がりもある
 一般人の君が
 どうこうして良いもんではないっ」

語尾を強く吐き
南 勇次郎は
目の奥を鋭く光らせた
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