【てぃんかーべる】
「おはようございますっ」

店内にはいると
粋の良いホスト達が怒声のように挨拶してきた

私はひとりひとりに挨拶をかわす

開店準備に追われる中

「オーナー。おはようございます」

店長の赤木が声をかけてきた

「きつねは」

店内を見渡しながら尋ねる

「はい。同伴ときいてます」

「そうか
 最近どうだ、あいつ」

私はコミカルなクッションが置いてある
重厚な造りだがカラフルで
女性受けしそうなソファに腰掛けた

ガラステーブルを挟んだ向かいに
赤木は座る

「きつねは…現在ナンバー3ですね
 頑張ってますよ
 以前より売上も伸びています」

「いくらだ」

私が問うと
彼は、おい、と幹部ホストに声をかけ
ファイルをもってこさせた

「そうですね
 きつねは…先月二千八百万売上てます」

「うん。いいじゃないか
 それで最近あいつに変わったこととかはあるのか」

「変わった…こと…ですか
 いえ特にこれといってありません
 相変わらず接客以外では
 無口でなにを考えているかわからない男で
 親睦会にも一度も姿を見せませんし
 同僚とのつき合いも皆無だと聞いてますが」

「ははは
 相変わらずだな」

「流川きつね…売上は十分なのですが
 落としが甘いですね」

『落とし』というのは
一般女性をAVデビューさせることだ

「ここ四ヶ月、ひとりもありません
 ぱったりという感じですかね
 落とせとはいってるのですが
 聞く耳もってませんね」

赤木は両手を軽く上げ
下唇を突き出した

私は彼の言葉に何度か頷く

ホスト達があくせく準備する光景を目にして
どっぷり腰掛けた尻を重く持ち上げた

「きつねが来るまでまたせてもらう」

そのまま事務室へ足を運んだ
< 273 / 275 >

この作品をシェア

pagetop