土用の午の日
「あー梨亜さんじゃないですかー久しぶり」


「おぉすずさん。こんばんは」


 待機室がなく、ドライバーが個人で所有する車が待機所代わりになっているこの店では、女の子同士の関わりは薄い。


入店後二年が過ぎた今でも挨拶以上の会話を交わすことはほぼないが、店のナンバーワン、ツーを争う人気のすずさんとはここ半年ほど、共通の趣味があるとわかってから親しい仲になっている。


「梨亜さん今土用ですよ、ヤバイですよ」


「ヤバイですねー。土用来ちゃいましたね」


「土用だからもううちの彼氏イライラしてて、大変なんです。今日も家出る時喧嘩しちゃって」


「あらま」


「今日履いていくはずの靴を玄関に出しといたら、なぜかないんですよ。動かしたの彼以外考えられじゃないですか。でも知らないって。劇団の公演の打ち上げで酔って帰ってきたから、きっと覚えてないんです。せめて一緒に探してくれればいいものをそれもしてくれないし、そしたらなんか無性に腹立って」


「彼氏もそうだけど、すずさんもイライラしてますよ。土用中は普段よりも他人のミスに寛容にならなきゃ」


 わかっちゃいるんですけどねー、とため息をつくすずさんの横顔は、来月31歳だという年の割にはずっと若々しく、首を覆う長さで切りそろえた髪がよく似合っている。


 土用や九星気学や姓名判断や、そんな話ができる人を先生のところで一緒に教わっている人以外に、初めて見つけた。


もっともすずさんのほうはあたしのように風俗を終えた後の進路として真剣に考えているわけではなく、いろんな神社を回ったりお祓いをしたりするのが趣味のようなもので、その延長線上で気学や姓名判断を勉強しているらしいけど。
< 4 / 6 >

この作品をシェア

pagetop