エリート専務の献身愛
 眉間に皺を寄せ、記憶を手繰り寄せる。そして、ようやくピンときた。

「そっ、それは違います! 私は、小児病棟にいる男の子のことを言っていたんです」

 確かにそんなふうに言っていたかもしれない。
 私にとって、何気ない会話だったから、まさか彼がそんな些細な言葉を覚えていただなんて……と驚倒した。

「小児……。あの子か」
「え?」

 すると、浅見さんから意外な反応がきてきょとんとする。

「いや。実は、さっきロビーに入るなり足元に飴が転がってきて。瑠依が前に持っていたやつと同じものだったから、思わず話し掛けたんだ。『城戸瑠依って知ってる?』って」

 瑛太くんが? どうしてロビーまで……あ、もしかして、面会で来ていたお母さんのことを見送ったのかな?

「そしたら、『知らない』って言われて。そんな偶然あるわけないかと思った矢先、『薬屋のお姉ちゃんからもらった大事な飴なんだ』って言われた。それは絶対、瑠依のことだと思った」

 浅見さんの説明を聞き、たかが飴玉でどこにでも売っているものを、他人に向かってそんなふうに言ってくれる瑛太くんに心が震えた。

 直接言われるよりも、なんだかずっと胸にくる。
 感動して目を潤ませていると、浅見さんは淡々と話を続けた。

「だから、一応聞いてみたんだ。その薬屋の人がどこにいるか知らないかって。その子は、泌尿器科って聞いたって言うから。それで、ナースステーションで、あのドクターのいそうな場所教えてもらって八階まで行った」

 瑛太くん……あんなちょっとした会話だったのに、覚えていてくれたんだ。

 窮地に立たされた場面を救ってくれたのはもちろん浅見さん。けれど、瑛太くんのおかげでもあるのかと思うと、感謝しかない。
 私は自分の胸元を、ぎゅっと握り締めた。そこに、ふっと視界に白い紙が映り込む。

「ノックして反応なくても、あの部屋にいるのは間違いないと思えたのは、これのおかげ」

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