エリート専務の献身愛
 唇を噛み、目をぎゅっときつく閉じた。身体を強張らせて固まっていると、突然腕を掴まれバランスを崩してしまう。
ハッとして瞼を開けたら、浅見さんの腕の中にいた。

「間に合ってよかった」

 それは、私に言ったというよりも、彼のひとりごと。

 長い息を吐き、安堵の声で呟いた言葉を聞きながら、全身で彼の気持ちを受け止める。力強く抱きしめられる腕に、胸が高鳴る。

 私も自然と両手が動き、ゆっくりと浅見さんに回す。だけど、あと少しで背中に触れるとき、レナさんの存在が過った。

 ……だめだ。ただ自分の感情だけ考えて動いてしまえば、あとで苦しむのは私だけじゃない。だから、これ以上この手を伸ばしちゃいけない。

 私は手を止め、不恰好にも宙に浮かせたまま。

「オレ、今回で、想像していた以上に瑠依の存在が大切なんだって気づかされたよ」

 私の気持なんか知りもしない浅見さんは、腕を緩ませることなく言葉を続ける。

「誰にも渡したくない。たとえ仕事と言われても、ほかの男が瑠依に近寄るのが嫌だ」
「え……」
「瑠依。オレのものになってよ。瑠依を守れる権利を早くオレにちょうだい」

 狭い腕の中で上を向き、視線を交わらせる。

 浅見さんは照れることも緊張していることもなさそうな顔に見える。
 私の解かれて自由になった髪を片手でスルッと撫でていく。

 歯の浮くようなセリフをさらっと言えるのは、育った環境もさることながら、そういうことを言い慣れているのではないかと勘ぐってしまう。

 それでも、私の心臓は正直に反応してしまって……。

「……狡いです。そんなふうに言われたら、私には頷くことしかできなくなる」
「狡い? どうして?」

 きょとんとして聞き返され、昨日の光景を思い出して瞳を揺らす。それから、意を決して息を吸った。
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