エリート専務の献身愛

 自分がこんな大胆な行動をする人間だなんて知らなかった。

 どちらかというと、石橋を叩いて渡るような性格だと思っていたし、恋愛関係となると特に消極的だったはずなのに。

「ん……っ」

 私のアパートよりも広い部屋。灯りもつけずにいるのにそれがわかるのは、大きな窓からぼんやり照らされる夜景のおかげ。

 きっと部屋もレストラン同様素敵なんだろう。
 けれど、私はそれを確かめる暇もなく、綺麗に整えられたベッドに沈む。

「や、あの、ドレスが皺に」

 何度も繰り返されるキスの合間に、どうにか言葉を発した。
 『皺に』……と気にしてはいるものの、視線はドレスに向ける余裕がない。仄暗い中で見つめるのは、私を組み敷く浅見さんだけ。

「ごめん。余裕がない。これじゃあ、まるで狼だな。だけど、半分は瑠依のせい――」

 確かに、知っている彼と比べると幾分か口早で……キスの仕方もちょっとだけ乱暴。
 それでも、そんな変化に興奮している自分に一番びっくりする。

 私のせい、と口にして、浅見さんはまた唇を奪う。

「オレを狼にさせるのは、瑠依だけだ」

 鼻先で囁かれ、一度身体を戻すと私を見下ろしたままネクタイを引き抜いた。

 心臓が飛び出そう。
 いくらお酒に酔っていても、部屋が暗くても、相手が浅見さんというだけで恥ずかしさをごまかすことができない。

 思わず横向きに寝返ると、静かに顔を近づけてきてうなじに唇を落とされる。

「浅、見さ……」
「名前、呼んで」

 今度は耳の裏で艶っぽく言われ、小さな声を漏らしてしまった。

 目を固く閉じていた私の髪を、たおやかな手つきで撫で降りる。柔らかい唇が肩に触れ、ゆっくりと身体を開かれ、正面から向き合った。

「この口で、総って言って。キスをして、抱きしめて」

 浅見さんは、指の裏でそっと私の頬を触り、下唇で止まる。鈍く光る瞳は真剣で、どこか悲しそうに見えた。

「そ……総……」

 彼の名前なんて、そう簡単に呼ぶことなんて私にはできないって思っていた。
 でも、一瞬垣間見た彼の素顔のようなものが放っておけない表情で、不器用ながらに名前を口にし、両手を伸ばす。

 浅見さんの広い背中に手を回すと、彼の重みを身体全体に感じる。

 あ……。心音、速い。

 自分の鼓動と重なる心音は、だんだんどちらのものかわからなくなっていく。

 彼はやおら顔を上げ、再び唇を合わせる。
 私はそれに応えながら、両手はしっかりと浅見さんを抱きしめていた。

 そのとき、なんだか、初めて彼の役に立てた気がした。
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