エリート専務の献身愛
 遅刻することもなく、どうにかいつもと同じ時間に営業に回り始めることができた。

 夕方からは、どうしても辻先生のいる月島総合病院へ足を向けなければならなかったものの、今日から二日間学会のため不在らしい。

 正直なところ、ホッとして仕事ができた。でも、来週からは逃げることができないわけで、それまでには動揺しない精神を造り上げておかなきゃな、なんて考える。

「城戸さん、ごめん。開発部行ってデータもらってきてほしい。ちょっと追われてて」

 憂鬱な気持ちで報告書を作成しているところに、斜向かいの先輩に頼まれる。
 私はふたつ返事で答えると、席を立った。

 開発部には、入社してから数えるほどしか行ったことがない。

 この時間に開発部の人ってまだいるんだろうか?
 腕時計を気にしながら先を急ぐ。短針は八を少し過ぎたくらいだ。

 階段のほうが早いかと、二階分をのぼっていく。ちょうど折り返し地点のあたりで、上階に人の気配がした。

 あ、誰か降りてくる。開発の人かな?

 速度を少し緩め、上を窺いながら足を進める。すると、途中で足音が遠のいていった。そのまま目的階までたどり着くも、誰の姿も見えない。

 確かに誰かいたんだけどな。引き返したのかな?

 首を傾げながら廊下を覗くように見ても、影も形もない。けれど、鼻孔を微かに刺激するいい香りを感じた。

 香水? これって、女性ものじゃなく、男性ものかな……。

 どこかで知っているような気がしたものの、すぐに痕跡が消えてしまった。
 まぁ、いいか、と先を急ぐ。

 開発部が直線上に見えたときに、ふと、分かれ道の先に意識が向いた。今いる廊下とは違って、ちょっと薄暗い道の先に電気が点いている部屋がある。

 あれ? あの部屋はなんだったかな? どこかの部署とかではなさそうだし。もしかして、倉庫かなにかで、誰かが電気を点けっぱなしでいなくなっちゃったとか?

 
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