エリート専務の献身愛
 ようやく帰れる……。お腹空いた。今日は作る気力が残っていない。
 道中のコンビニ弁当で決定だな、なんて考えながら歩く。ふと足を止め、思わず笑いを零してしまった。

 昨日とは雲泥の差。あれはやっぱりシンデレラと同じで、ひと晩限りの夢だったのかも。

 「はー」と長い息を吐き、空を見上げる。すると、ポケットの中で携帯が振動した。

「もしもし……城戸です」
『ずいぶんよそよそしいね、瑠依。昨日はオレの夢だったのかな』

私の堅苦しい応答に、クスクス笑うのは浅見さん。
今、すごく声を聞きたいなって思っていた矢先だったから、びっくりしたのとうれしいのとで、変に意識してしまった。

どうしてこの人は、いつも私が求めていることをわかっていたかのようにいいタイミングでしてくれるんだろう。

「あ、昨日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」
『うん。オレも。でも、昨日、無理を言って一緒にいてもらったのに、まだ足りないみたいだ』

 スピーカー越しに言われる言葉は、面と向かって言われるのとはまた違って恥ずかしい。きっと、直に耳元に浅見さんの声が伝わるからだ。

 仕事でもないのに姿勢を正して電話をするなんて、こんな姿見られたらまた笑われそう。

 どぎまぎして、返しに困っていると、さらに向こうが話を続ける。

『まだ仕事があって。……だから、せめて瑠依の声だけでもって』
「浅見さん?」
『……なに?』

 窺うように名前で問いかけた。

 電話だからこそ、表情が見えないからこそ、感じることがある。

「総。なにかあった……?」
『どうして?』

 ほんの少しの違和感。勘違いかもしれない。
 でもきっと、気のせいじゃないと直感した。

「なんだか、声が、『助けてほしい』って言っているみたいだったから」

まだまだ、まだまだわからないことだらけ。
だけど、この短期間でいつも力を分けてくれた浅見さんが発するシグナルだったなら、全力で応えたい。

「私じゃ、力になれませんか?」

 無言になってしまった浅見さんに必死で訴える。
 気づけば空腹なんか忘れて、タクシーに乗り込んでいた。
< 121 / 200 >

この作品をシェア

pagetop