エリート専務の献身愛
「確かに、そうですよね」

 サイドテーブルに缶を置き、静かに立ち上がる。そして、浅見さんの空いた手を掬い上げ、見つめながら続けた。

「この手は、私と違って、たくさんの人を支え、守らなければならないんだもの」

 指の長い大きな手。
 浅見さんは以前、自ら『七光り』ということを発していたけれど、絶対にそれに甘んじている人じゃない。

 だから、自分の立ち位置と周りの評価を得るために努力して、さらに部下を守らなければならない責任感を背負っているはず。

 きっとそうだとわかってはいる。だけど、浅見さんがあまりに苦しい思いをしているんだったら……。

 わかってる。この感情は、単なる私情を挟んだ偏っているもの。

「……いいです」

 思い切ったのは、思いを口に出したことだけじゃない。
 私は、不慣れながらに、両腕を浅見さんの頭に回す。

「そんなに頑張らなくても……いいですよ」

 軽く自分に引き寄せ、緊張で震えそうな声をどうにかごまかした。

 こんな大胆な行動をとって、しかも言うことが後ろ向きにも捉えられそうな発言。もしかして、大失敗しちゃったのかも……。現に、浅見さんからの反応はまだない。

 引くに引けない体勢のまま、ぎゅっと口を結ぶ。
 どうしようかと動揺していたときに、浅見さんが「ふっ」と笑った。

「向こうじゃその言葉は禁句だけどね」

 クスッと零れる笑い声に、失望された様子ではないかと胸を撫で下ろす。

「そ、そうなんですか? でも、今ここは日本です」

 浅見さんは全く動かない。だから私も動けないまま。

 ドキドキしているのは、きっと胸に触れているから気づかれていそう。
 かといって、平常心じゃないだけに、黙っていられない。なにか言葉を紡いでいないとどうにかなってしまいそう。
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