エリート専務の献身愛
抱擁と離別

『彼は情報操作ならお手の物です。もちろん、法に触れることは一切しません。けれど、彼はあなたの上司でもありますし、社内情報を確認することは許容範囲です。あなたのスケジュールを確認して、あの病院に向かった』


 昨日のレナさんの話がずっと頭から離れない。
 ほとんど眠れなかったくらい、衝撃的な事実だった。

 朝起きてから、歯を磨いていても朝食を作っていても、考えてしまっている。おかげで、目玉焼きは半熟派なのに、黄身が思い切り固くなってしまった。

 食べる時には醤油も掛け過ぎた。だけど、醤油の味すら覚えていない。

 知らなかった。まさか浅見さんが、自分の勤務している会社の本社にいる人だったなんて。
 なんで? 言う暇がなかった?

 いや、タイミングを逃したとか……。ううん、もしかしてそうじゃなくて、言えなかった……?

 まだ目玉焼きが残るお皿の上に、カチャ、と箸をに置いた。

 なにかべつの理由があって、私に近付いたから――。

 想像して、全身の力が抜け落ちる。
 その瞬間を見計らったように、ベッドの上で携帯が着信を知らせる。見ると、昨日からずっと考えている相手、浅見さんだ。

 震える手の中で、着信音は鳴り続ける。

 逃げたい。このまま、連絡も取らず、言葉も交わさず……。
 でも。

「もし、もし」

 仕事もそれ以外も、逃げた先にあるものはきっと、後悔と喪失感しかない。

 前に進めなくとも、この場に留まらなくちゃだめだ。
 そんな半端な覚悟で電話に出たせいで、どんな対応をしたらいいのか考えが定まっていない。
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