エリート専務の献身愛
 怖くて手が震える。

 勝手に調べられていたことが、ということじゃない。

 浅見さんが私に向けていた言葉や行動が全部嘘で、今、一瞬で消えてなくなるのかという絶望が私を戦慄させる。

 足元に高級そうな黒のビジネスバッグ置いてあった。
 きっと、浅見さんも気がついていないんだろう。その横に、名刺入れを落としていることを。

 ――『名刺代わりにそれを預かっていて。いつか、本物と交換するから』

 初めに言われた。そして、あのとき私は彼の搭乗券を受け取った。
 でも、名刺は今もまだもらっていない。

「私のこと……騙していたんですか?」

 こんなこと、言いたくはなかった。
 信じたくはなかった。
 だけど……心が、引きちぎられそうで。

「なにか、有益な情報は得られましたか? でも、変ですよね。私のほうが仕事も半人前で迷惑を掛けているってご存知のはずなのに、どうして部長を」

 口に出さなければ、精神を保っていられない。
 嫌な言い方をしているってわかっている。傷つけられたからって、傷つけたいわけじゃない。

 それでも。

「瑠っ……」
「私のことも解雇してくださって構いませんよ」

 人を傷つけて、自分を守ることしかできない。

 これが、自分にとって大きな影響を与えない相手ならこんなことせずに済んだ。

 でも、無理。
 私の中で、あまりに彼の存在が強すぎる。

 突き放す言葉を残し、私は振り向くこともせずに部屋を出た。
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