エリート専務の献身愛
 先生は一切私のほうを見ない。
 でも、一度パソコンを操作する手を止めた。

「あなたの会社のことは正直わかんないけど、あなたのことはなんとなくわかったし」

 ボソッと口にされた言葉は、どうにか聞き取れたものの、理解までには及ばない。
 私は小さく頭を傾げ、軽く眉を寄せた。

「あとは受付にいるぼくの家内に伝えてあるから。そっちへ行って」
「は、はい。ありがとうございました!」

 質問することもできぬまま、診察室から出ざるを得ないことになってしまった。

 やっぱりよくわからなくて、何度も首を捻りながら受付へ向かう。

「すみません、あの……先生にこちらに来るように言われまして」
「ああ、はい。城戸さんですね。お薬の採用の件ね」

 狐につままれた心境で声を掛けた。だけど、ちゃんと話が伝わっていて、本当のことだったのだと、また信じられない思いを抱く。
 同意書など必要書類を手渡し、簡単に説明をし終えると、事務員の奥さんが私を見上げた。

「実は、偶然にもこの間、城戸さんが来た日に久しぶりに顔を見せに来てくれたんですよね」
「え……? すみません、話がよくわからなくて……。顔を見せにというのは?」

 誰かと勘違いしている? もしかして、今回の採用の話も、私じゃないんじゃ……。

 窺うように聞き返す私に、奥さんは笑みを浮かべてみせる。

「津田(つだ)瑛太くん。ご存知ですよね?」
「瑛太くん? え、ええ。でも、どうして」
「あの子、元々うちに通っていた患者さんなんですよ。いつも退院したあとに報告に来てくれるんです」
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